第113話 剣の稽古
「剣の持ち方はこうで…違う、こう。そうそう、それでいい」
キャスバスィはまず最初にクラスクに簡単に持ち方と扱い方を教える。
「剣は斧よりも多用途にわたって使うことができる。だがその分扱いは難しい。重心が斧とは逆に手元の方にあるのがわかるか? その分勢いに任せて振り回すより細かい動きをさせるのに向いている」
「フムフム、成程」
幾度か素振りをした後剣を構え直したクラスクは、素早く宙空に連撃を繰り出す。
「…剣の経験があるのか?」
「初めテダ」
「初めてでそれか。参ったな」
構えも動きも先程とは段違いで、かなり様になっている。
クラスクの才能か、それともオーク族の戦闘民族としての資質なのか。
いずれにせよその早すぎる習熟にキャスバスィは舌を巻いた。
「気が変わった。途中を何段かすっ飛ばそう」
「いいのカ?」
「お前も実戦の方が覚えるだろ?」
「確かニ」
細身の剣を構えたキャスバスィが少し距離を取ってクラスクと対峙する。
そして軽く跳ねるように上下にステップを踏んだ。
「直接加撃は禁止だ。寸止めで勝敗を決めよう。いいか?」
「構わン」
「では…はじめ!」
キャスバスィの開始の声と同時にクラスクが両手で剣を構え突きかかる。
彼女はそれをひらりとかわして剣の切っ先をクラスクの喉元へと向けた。
「参っタ」
すぐに両手を上げて降参するクラスク。
「次に行くぞ。はじめ!」
今度はクラスクはぶんと横から大薙ぎに叩きつけようとする。
だがキャスバスィの剣先がそれを押すように払って次の瞬間クラスクの首先に剣を当てた。
「また参っタ。凄イナ」
「確かに軽々と扱えてはいるが…少々雑に使い過ぎだな」
小さく嘆息するとキャスバスィはクラスクの横に回り込む。
「いいか。剣は叩きつけることも突くこともできるし斬り裂くこともできる。まあ斬撃に拘ると刀身が薄くなって折れやすくなるから斬るのはそこまで得意ではないが…特にお前のは数打ちのなまくらだしな」
そして手首と剣の握りを再確認。
「お前の戦い方は突くにせよ払うにせよひとつに寄りすぎなんだ。剣の優位性はその万能性にある。殴打も刺突も斬撃もこなし守りも一通りこなせる応用力の高さが最大の強みだ」
「フムフム」
そして左手でクラスクの手の甲を上から握り、彼の剣を動かしながら基本的な動きをトレースさせる。
「一方で打撃なら
「ナルホド。つまり剣を使うならその多様性を活かせト言ウコトカ」
「そうだ。剣は使い方が直観的にわかりやすく重心が手元にあるため武器に振り回されずに戦える。だから初心者の門戸は広い。一方でその性能を十全に発揮させるためには高い習熟が必要となる。入りやすく極めにくい武器なんだ」
「ホウホウ。面白イ」
斧と似たような使い方をして戦い方を模索していたクラスクは、キャスバスィの説明を興味深そうに聞いて改めて剣を眺める。
オークは戦士の一族であり、武器の習熟や修練に関しては高い集中力を発揮するのである。
「お前が使う時に気を付けテルコツみタイなのはあルのか」
「そうだな…」
キャスバスィは目を細め暫し黙考する。
「剣は多くの武器の基本であると言われるが、他の多くの武器に比べて特殊…というか大きく特徴的なものがある。なんだと思う?」
「ン~…?」
質問されたクラスクは考え込みながら剣を振ってみる。
斬り降ろす。
横薙ぎにする。
突く。
下がって受ける。
そして再び剣を…その刀身をしげしげと眺めた。
「当たると痛イ部分が多イ…?」
「正解だ。剣はその大きさに対する攻撃部位がとても広いんだ。これは槍でも斧でも槌でも持ち得ない剣の大きな特徴と言える。その広さを活かして攻撃を受け止めたりもできる。そのあたりを意識してみるといい」
「ワカッタ」
再び退治する二人。
クラスクは剣を片手で持つとそれを前に構えると、ずず、と右足を引き
「ほう」
剣を前方に突きだし身体を相手から見て横に向けることで、キャスバスィから見てクラスクの体がちょうど剣の後ろに隠れるような格好となった。
この構えだと相手からの攻撃は剣に阻まれてクラスクの急所である体の中心部…正中線を狙いにくい。
そしてその攻撃自体も剣によって受け、あるいは払うことが容易となっている。
守備を考えるならかなり合理的な構えだ。
「自前でそれに辿り着くとは…な!」
地面を蹴って跳ねるように襲い掛かるキャスバスィ。
迎撃しようとするクラスクの一撃は、だが彼女の俊敏な動きを前に空を切った。
一気に真横に回り込み無防備な胴体を突こうとするキャスバスィ。
けれど右足をずり、と滑らせるようにして上体を落としたクラスクはその勢いで剣を振り回し、キャスバスィの一撃を弾くようにして受ける。
「いいぞ! その反応だ!」
なおも攻め立てるキャスバスィを正面に見据え、再び半身に構えようとするクラスク。
けれど彼女が放った一撃を受けようと構えた瞬間キャスバスィの持つ剣の切っ先が消え去って、気づけば逆方向から己の首にその刃が押し当てられていた。
「参っタ」
再び手を上げて降参するクラスク。
「今のはナンダ。まじないか」
驚嘆と敬意を込めた目でキャスバスィを見るクラスク。
「まじないか。ハハ、確かにまじないも使えないことはないが今のは違う。これはフェイントという技術だ」
「フェイント…!」
おおー、と大いに関心するクラスク。
「そんな大袈裟な…とも思ったがそうか、オーク族の主武器は
重量のある戦斧がメインではフェイントを混ぜるのは難しいし、そもそも下手にフェイントを交えて方向を変えればせっかくの重量と遠心力を威力に変えている戦斧の特性が台無しである。
そう言う意味ではオーク族にはあまりなじみのない概念なのかもしれない。
「ラオが槍ですル動きに似テル」
「ああ、成程。確かに槍ならばフェイントは得意分野かもしれん」
剣の使い方に強い興味を覚えたらしきクラスクは、手首の返しを意識しながら幾度か剣を振った。
「もう少シ慣れタイ。付き合っテくれルか」
「わかった。手伝おう」
クラスクはその後彼女と幾度も試合を行って…日暮れまで剣の習熟を高めた。
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