第98話 危難の予感
「あー…なるほど…」
ゲヴィクルの告白にミエが得心の声を漏らす。
確かにそのやり方ならこの村同様女性の地位を向上させることが可能だし、この村の方針に賛同したいのもわかる。
だが同時に自分たちの村の事情をこちらに説明したくない理由もよくわかる。
この村の女性はオーク達と男女関係…いわゆる恋愛を基軸に関係の構築を図ろうとしているのだ。
規範となったクラスクとミエがそうだったからである。
無論現段階では村にいるのはすべて
けれど生活水準の向上およびこの世界では相当高品質な美容用品や健康用品の提供を条件に、そうした女性達からも消極的ながら協力を取り付けることに成功している。
そんなこの村の事情を見れば、不特定多数の男性と関係を持つことが前提の己の村の在り方が余計な偏見を持たれかねないとゲヴィクルは危惧したのだろう。
だがそれには少々誤解がある。
この村は確かに恋愛関係を基軸にしているが、別に一夫一婦制を取っているわけではない。
村には複数の女性と暮らしているオークもいるし、クラスクも別にそれを禁じていないのだ。
多くの女性を養っている男性オークほど凄い、偉い、という昔ながらの価値観もさほど変わっていない。
これもより多くの家族を養えるだけの仕事をこなしているオークが立派なのは間違いではないので、クラスクもミエも特に変える気はなかった。
一夫多妻も一妻多夫も所詮制度に過ぎないのだし、力づくや無理矢理にさせるのではなく互いに求め合ったものなら別に禁じる必要もないのではないか…というのがミエの考えである。
無論今村にある男女関係の多くはまだそうではないけれど、いずれそうなれたら…とうのが彼女の理想だ。
(とういか、旦那様も族長なんですからそろそろ二人目三人目を娶っていただけると…)
などと考えながらミエは自らのお腹をそっとさする。
「成程ナ。それがお前の村のやり方か。よくわかっタ」
「意外ト冷静デすね。テっきりお気に召さなイものかト」
「よそはよそ、うちはうちダ」
特に気にした風もなく、淡々と答えるクラスク。
本気でそう思っているのだろう。
一方でゲルダやサフィナはそれぞれ己の亭主を思い浮かべ、違う相手のことを考えてぶんぶんと首を振っていた。
「いやいやいや。流石にアイツ以外は無理だわ」
「サフィナも…ワッフーが、いい…」
「ワシは別に構わんが…」
「さらっと酷いこと言うなお前。リーパグの奴に謝れ」
「シャミル、ひどい…」
「合理的理由があれば、という話じゃ! 別に好き好んで他のオークの相手をしたいとは思わんよ。ワシの場合はサイズの問題もあるしのう」
「ま、奥様おスケベ」
「えっち? シャミルえっち?」
「やっかましわ!」
ゲルダとサフィナにくわ、と目を見開いて切り返すシャミル。
サフィナは慌てて椅子の後ろ、ゲルダの背後にきゃー、と叫びながら駆け逃げる。
が、本気で怖がっている様子はまったくない。
そしてゲルダの大きな体にその身を隠しながら、ひょこ、と顔だけ覗かせてシャミルの様子を窺った。
そんな己の横で繰り広げられている漫才をよそに、ゲヴィクルはクラスクの物言いに感じ入っていたようだ。
「おお…そうイう考え方嫌イじゃなイデすよ」
「そりゃよかっタ」
「ドうデす? 折角デすし部族同士ノ友好を深めル意味デ私に種なド付けて行かれませんか?」
その言葉にゲルダとシャミルが思わず吹き出した。
一方サフィナはいまいちゲヴィクルの言葉の意味がわかっていないようで、
「種…お花の…?」
「まあめしべと言えばめしべじゃが…」
「お前は知らなくていいから」
「仲間外れ、やー…」
苦々し気に呟くシャミルにすぐに話題を変えようとするゲルダ。
そんな二人に頬を膨らませて抗議するサフィナ。
そんな彼女たちをよそにクラスクは横のミエに尋ねた。
「…ミエはドう思う?」
「逆にオーク族的にはどうなんですかね? オーク語にも
「…オーク族がって話なら…アリダな。昔はそうイう事をやっテタト聞イタ。今はオークの女自体が珍しくなっちまっタから滅多に聞かなイが」
「成程…それなら私としては特に言うことはないです」
「「ないんかい」」
さらっと答えるミエにゲルダとシャミルがツッコむ。
そしてやはりあまり意味の分かっていないサフィナが頭上に幾つも?を浮かべながら腕組みをして首を捻った。
「旦那様は族長ですから。政治的にそれが必要と言うのなら私にそれを止める権利はありません」
「そうじゃなくてえ~っと…あたしらが気にしているのはこう…ミエの個人的な気持ちでだな…」
「私の個人的な想いは…ん~…一応公的な会談の席ですので」
「「「あ…」」」
ここでようやく脱線しまくっていたゲルダらも自分たちがいる場を思い出し、慌ててソファに座り直し居住まいを正した。
「…すまんな。姦しくテ」
「イエイエこちらこそ失礼しましタ。イイじゃなイデすか女性が自由トイうのは。デ、ドうします?」
「ドっちの話ダ。 同盟カ? それトモ…」
クラスクの問いにゲヴィクルは肩を竦め、両手を大きく広げて答えた。
「同盟のデすよ!」
「受けよう」
「早いデすね?!」
「迷うトころじゃあなイダろ」
クラスクは立ち上がり、右手を差し出す。
ゲヴィクルもまたソファから立ち上がって彼と握手を交わした。
あるいみ歴史的な瞬間に、女性陣からおお~という嘆声と拍手の音が響く。
「デハこれデ。同盟締結デすね。そうそう。つイデト言っテは何デすが…この村で使っテイル化粧品、ドこのものか教えテイイタダイテも?」
「うちデ作っテル」
「ここデ!?」
今日一番の驚愕の表情を浮かべるゲヴィクル。
「ダッテ人間の街デも滅多に見かけなイ高級品デすよね、アレ…!?」
「フフン。その言葉が一番の収穫ダな」
ゲヴィクルの率直な感想に握手したままニヤリと笑うクラスク。
「イヤ困りましタね…この村の女性の話をシタらその化粧品を絶対欲しイトイジェロア達が喰いつイテきタのデ是非手に入れタかっタのデすが…」
「ミエ? ドウダ?」
握手した手を離し、クラスクがミエに確認する。
「外交上の贈答品と言う事でしたら、それはもう喜んでご用意させていただきます」
「オオ、それは有難イ!」
手を叩いて喜ぶゲヴィクルに…ミエは微笑んで言葉を続けた。
「ですが…代わりにゲヴィクルさんにもお願いしたいことがあります」
「私に…?」
「はい。ゲヴィクルさんでないと頼めないことです」
ミエは彼女に頼みたいという要件を告げた。
「ああ…ああ! なルほド、それは確かに私にしかデきなイ事デすね!」
流暢なオーク語を操るこの村の族長夫人、人間族の女性…ミエ。
彼女の先見性に目を細めながら、ゲヴィクルは片眉を上げて口元を綻ばせた。
「デはそちらの件は化粧品代トしテ引き受けルトしテ…折角デす。つイデに有用な情報をもう一つ提供させテ頂きましょう」
「…情報?」
「人間の街の知り合イからの情報デす。騎士団が、動き出しテようデすよ」
「「「!!!」」」
ゲヴィクルの放った言葉は…この場にいた全員がいつか来ると覚悟していたものだった。
「国の西方のオーク族の討伐に、おそらく騎士団の一部が駆り出されルこトデしょう。もしかしタら…この村に来ルかもしれませんよ?」
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