第97話 族長代理・ゲヴィクルのやりかた
「え? え? 女…女なのかコイツ?!」
ゲルダが愕然として指を差す。
かなり失礼な態度ががゲヴィクルは気にする様子はない。
一方サフィナは男と見紛う彼…いや彼女だろうか…の胸のあたりに視線を向け、その後自分の平坦な胸をぺたぺたと触り、
「おー…仲間…?」
などとこれまた失礼な感想を述べる。
シャミルだけが眉根を寄せて剣呑な表情で浮かべゲヴィクルを凝視していた。
「すいませんゲヴィクルさん。私オーク族の女性を拝見するの初めてなんですけど…」
「ああ、そうイえバこの村デは女性が生まれてイないんデしたっけね」
ミエが挙手をして尋ね、ゲヴィクルが頷いた。
「オークの女性の方って、その、胸は…こう…?」
「あっはっは、流石にそれはありませんよ」
ゲヴィクルは笑いながらフード付きの服を脱ぐ。
服の下には胸板あたりに巻き付けた
「これをこうして…と」
「きゃっ!?」
そしてその晒をゲヴィクルが一息に外した瞬間…
そこに、巨大な胸が出現した。
一切隠していない、いわゆる生乳である。
なまちち。
「うおっ!? でっけえ林檎みてえだ…」
「おー…仲間じゃ、ない…」
目を見開いて驚くゲルダと、己の胸をさわって残念そうに呟くサフィナ。
そして夫の目を慌てて隠すミエ。
「古代の遺物じゃな。察するにお主元冒険者か」
「おお、御賢察! ドうやらこの村には賢者がイらっしゃルようダ」
…そして、先程からの疑念を自ら解いたシャミル。
「古代の…遺物?」
「魔法の品じゃよ。おそらくなんらかの変化の系統の魔術がかかっておるのじゃろう」
「はイ。御明察の通りこれハ“変化の布”と呼ばれル魔法の品デ、巻き付けタ部分を別の種族や性別に変異させルことのデきル優れものデす。本来ならもっと長い代物デ、全身に巻き付け完全に別の種族に変化すルためのものなんでしょうガ、生憎ト見つけタ時点デこの長さデしテ。仕方なくこうしテ性別を偽るために使わせていたダイテイル次第デす。オーク族も人間族も女性は低く見られがちですからネ」
「へー…魔法の品物ですか。これが。初めて見た気がします」
ゲヴィクルの説明に、ミエがしげしげ布を眺めながら呟く。
「ミエ、見えなイ」
「旦那様は見なくていいんですー」
ミエに目隠しされたクラスクの様がおかしかったのかゲヴィクルはくつくつと笑いを堪える。
胸をはだけたままで。
「あのー、そろそろ胸を隠していただいても…」
「ああそうデしタ失礼しましタ。村の外デ女性の方ばかりデ自分の性別を偽ル必要のない機会なド久方ぶりデしタからね」
彼女は再び晒を巻いて、男の胸部へと戻した。
「ほへー、大したもんだな魔法の品ってのは」
「ええまあ。だいぶ助けられてますよ。ところデ…なぜクラスク殿ハ私の偽装を見破れたのデすか?」
「俺はオーク族の若雄ダぞ。年寄ドもとは嗅覚ガ違ウ」
ふんと鼻息を鳴らし、クラスクが応える。
「匂イダ。お前の体から化粧の匂イがしタ。オーク族の雄は自分の体から化粧の匂イするのハ好かン。女ガすルのハ構わんガ」
「ああ成程…オーク族の風習を少し忘れてイましタ。ハハハ」
頭を掻くゲヴィクルに向かい、今度はシャミルが尋ねる。
「つまり…お主は人間社会で暮らしていた時期があったんじゃな?」
「はイ。あまり長い期間ではありませんガ、ハーフオークの冒険者を名乗っテ」
「まあ流石に素のオークでは殺されても文句は言えんしな」
「ええ。それハもう」
ゲヴィクルとシャミルが互いに苦々しげに笑う。
「えーっとつまりゲヴィクルさんは実は女性で、人間社会の価値観も知っていて、オーク族の中で女性の地位向上を目指していて、それで私達の村に協力したいと…?」
「まあ有体に言えバそうデす」
ミエが話をまとめると、ゲヴィクルは肩を竦めて同意した。
「…悪くねえんじゃねえか?」
「ふ~む、何か引っかかるが筋は通っておるの」
「なかま、たいせつ…」
ゲルダ、シャミル、サフィナが顔を突き合わせて相談する。
「ミエの意見はどうなんじゃ」
「私ですか? 私は…」
ちら、と視線を横の夫に向け、ミエが言葉を続けた。
「私の意見は、たぶん旦那様と一緒です」
「「「??」」」
三人娘の視線を受けて、頭を掻きながらクラスクが口を開く。
「願ってもねえ話ダ。同盟の件に文句はネエ」
「おお、デは!」
ぽむと手を叩くゲヴィクルを、だがクラスクが片手で制する。
「タダひとつ確認させてくれ。お前ハお前の村デドうイうやり方デ女の地位を上ゲタンダ」
「「「あ…」」」
そう、この村では蜂蜜の採取から酒造りというオーク族に対する特効のような手段を得てそれを実現させた。
蜜蝋から製造した化粧品によって女性が美しくなるという副産物もあった。
だがそうした手段がないであろうゲヴィクルの村は、一体どうやってそれを実現させたのか。
あるいは実現させようとしているのか。
ミエとクラスクの疑問と興味はそこにあった。
「イやあ…それを聞きます?」
その問いかけに…ゲヴィクルが明らかに困ったような笑みを浮かべた。
これまでの余裕綽々たる態度とはだいぶ違う。
「興味はあるナ」
「…怒りません?」
「俺が怒ルようなことなのカ?」
「いや~…ちょっとこの村の方々には言いにくいことと言いますか…」
所在無げに首を掻いているその女オークの態度に、他の皆もがぜん興味が湧いてきたようだ。
「それは是非聞きたいの」
「そうそう。同盟の話にも関わってくる話だろ」
「おおー…サフィナも知りたい…」
「これは参りましたね…」
興味津々といった風の三人娘の爛々と輝く瞳に、ゲヴィクルも嘆息して語らざるをえなくなったようだ。
「ええっト…まず村のオーク全員ト決闘をしテ打ち負かし、私の実力を認めさせましテ、強引な襲撃や略奪で女性を攫ってくるのを禁止しましタ」
「ふむ。まっとうではないか」
「そこまデはイイ。聞きたイのはその先ダ」
「それデ…デすね。人間族の知り合いに頼んデ村の中央に大きな屋敷を作っテもらっテ、そこに女性…まあ私が住んで、村デ仕事を頑張った男を選んで、こう…」
「妻問婚!!」
ゲヴィクルの言葉にミエが驚きの声を上げた。
「…妻問婚?」
「女系社会の婚姻形態のひとつです。女性の元に複数の男性が通って子供を作るやり方ですね」
ゲルダの怪訝そうな問いかけにミエが答える。
「えーっと…でもそれじゃあどの野郎との間の子供だかわからなくねえ…?」
「はい。でもそれで問題ないんです。妻問婚の場合子供は母親の元で育ち、父親が誰だかを特定する必要はありません。どうしても父親が必要なら母親がその時その時で適宜父親役の相手を選べばいいだけですから」
「ふむ。古代の風習でそのような婚姻形態があると文献で見た覚えがあるな。オーク族の一般的な一夫多妻とは真逆の、いわば一妻多夫か」
ミエとシャミルの言葉に、ゲヴィクルは拍手を以て応える。
「おお、素晴らしイ。私なりに必死に考えタやり方ダッタのデすが、既に前例があっタトハ…!」
感嘆するゲヴィクルが…だがまだ口を濁している何かがあることを、クラスクは見逃さなかった。
「お前の村のやり方ハわかっタ。が…お前は族長代理ダろう? 外に出歩くコトも多イ。そんなお前一人デ若いオークの性欲を全部受け止められルのか?」
「あ」
「ああ」
「言われてみれば…」
女性陣が顔を見合わせる。
今や全員オーク族の妻となった身である。
サフィナを除く全員は彼らの性欲の強さに関して骨身に染みているのだ。
「えー…まあそうデす。仰ル通り」
問い詰められたゲヴィクルは遂に観念したようである。
「こう…人間の街デ冒険者をしていた時、一緒に組んデイタ仲間がイまシテね。長女が僧侶、次女が剣士、三女が魔法使いの三姉妹なんデすガ…」
いったん言葉を切り、ハーブティーを呷り一息つく。
「彼女たちト我らオーク族の未来につイテ色々相談してデスね、その…まあ色々あったんデすガ、最終的には納得シテ協力してもらえルことになりましタ」
「ええっと…それってつまり…」
ミエの汗を垂らしながらの問いかけに、ゲヴィクルは不承不承頷く。
「はイ。私がこうシテ外遊に出てイル間、彼女たちが村の雄オークたちの相手をシています」
本人たちが納得して協力しているという話なのだが…
その場にいた一堂が思い浮かべたのは、やけに淫靡な光景だったという。
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