第99話 翡翠騎士団第七騎士隊
ぱちぱち、ぱちぱちと焚火が爆ぜる。
薄暗い夜の森の中で、その炎だけが周囲を照らしていた。
「ふー…不気味ったらありゃしない。魔物でも来るんじゃねえかな…」
「よせよ。気になってくるじゃないか」
鎖鎧を着た男たちが焚火に当たりながら周囲の藪に不気味そうに目を向ける。
「やめなさい二人とも。隊長がいらっしゃるのにそのようなこと起こるはずがありません」
二人を叱る声は女性のものだった。
同じように鎖鎧を纏った黒髪ショートの若い女性である。
体格はやや…いや割と小柄か。
鎧の上から纏っている
その女性は怜悧な表情で落ち着いた語り口ながらあまり険は感じられず、戦士らしい鍛えられた体躯ながら女であることを完全には捨て去ってはいように見える。
「そうですよね、隊長!」
女性の声のトーンが明らかに変わる。
隠し切れない敬愛や憧憬が込められた声だ。
そして声をかけた先には…剣を研ぐ一人の女性の姿があった。
他の者と同様鎖鎧を着て、その上からさらに板金を当てている。
いわゆる
よく見ればその鎧は透き通るような銀色をしていた。
鋼の如き硬さと驚嘆するほどの軽量さを併せ持つ魔法の金属、
女性の髪は流れるような金髪で、背中の中ほどまで届いている。
耳の先端は尖り斜め上に伸びていて、顔の造作は息を呑むほどに美しい。
そう、その姿は…確かにエルフの特徴を表していた。
しかし純粋なエルフかと問われるとやや疑問が残る。
その身体はやや華奢で小柄ながら、エルフにしては上背もあってしっかり肉も付いており、鍛え込まれた体幹をしている。
なにより瞳の色だ。
その色は焚火に当たっている隊員たちと同じ澄んだ青。
エルフ族の特徴である深い翡翠色ではない。
そう…彼女はハーフエルフなのだ。
そして
本来であればそれは祝福されるべき存在のはずだ。
ただ…この国では
彼女が自らの種族の両面性を有難いと思った事も、誇りに思った事も一度もない。
そのどちらでもないことで苦労したことなら数えきれないほどにあるけれど。
「…そうだな。ここはエルフの森だ。彼らがいる限り魔物はそうそう出なかろうよ」
「ほらみなさい。キャスバス隊長の仰る通りです」
両拳を腰に当て、ふんすと鼻息荒く告げる黒髪の女性。
名をエモニモという。
この騎士隊の副隊長である。
「とはいえエルフ族は我らの敵ではないだけで味方でもない。それをゆめゆめ忘れるな。くれぐれも油断はしないことだ。特に彼らは森で火を使われることを殊更に嫌う。あまり焚火を大きくするなよ」
「うへ」
「へーい隊長、気を付けます」
素直な返事に小さく嘆息するハーフエルフの女性。
副隊長エモニモから先程『キャスバス』と呼ばれていたがそれは正確ではない。
彼女の名はエルフ族の母親が名付けてくれたもので元はエルフ語であり、本来の発音はキャスバスィが正しい。
あるいはまだキャスバシなりキャスバシィ、の方がいくらかマシだろうか。
が、どうにも人間族には発音しづらい名前らしく、いつも間違われる。
まあ彼女もすっかりそれに慣れたようだけれど。
近くの樹に繋がれた馬たちがキュイイ…と不安げな
普段の
隊員の一人が彼らを安心させるために付き添って、声をかけながら落ち着かせていた。
「ふい~」
そんな馬の様子を横目で確認しながら、陶器瓶を傾けた騎士の一人が気持ちよさそうに酒気を吐く。
「あまり悪酔いはするなよ。狼が来るかもしれん」
「ひゃあそれは怖い。なのでこれが最後の一口…」
「こら」
注意はするがキャスバスィのそれはあまり強い口調ではない。
部下達もそれをわかっていて、恐縮はすれど怯えてはいないようだ。
だが隊長は甘いとばかりに副隊長のエモニモが腰に手を当てて叱りつける。
「あなた達! 給金が出るとはいえあまり家の者を困らせないように。酒で身代を潰す者もいるんですからね!」
「だ~いじょうぶですって、俺らまだ独身ですし! 嫁さん絶賛募集中!」
「そういう話をしているのではありません!」
エモニモの口調はキャスバスィのそれよりはだいぶ強いが、それでも厳格というほどではない。
全員それとなく周囲を警戒しているし、決してだらけているというわけではないのだが、騎士隊としてはさほど規律が厳しいわけではないようだ。
「いやでも味の割にすっごい安いんですよコレ。マジお勧めです」
「私は酒など嗜みません…なんですかそれそれは?」
「へへー知らないんすか副隊長。最近流行のはちみつオーク!」
「はちみつオーク…?」
べり、と酒の容器から紙切れを剥した騎士の一人がエモニモに渡す。
「オーク…これがオーク?」
「どれエモニモ、私にも見せてみろ」
「あいえキャスバス隊長のお目を汚すようなものでは…」
「構わん」
「はい! では恐縮ですが…」
いそいそとエモニモが持ってきて差し出したものをしげしげと眺めるキャスバスィ。
可愛らしい豚顔の人型の生き物と、これまた愛らしい蜂が色付きで描かれた丸い紙きれである。
紙と言っても木の皮や植物繊維由来のものではなく、手触りから獣の皮を薄く薄く剥いだもののようだ。羊皮紙か何かだろうか。
ただその表面はとてもなめらかで、発色もよい。
そして紙切れの下には小さな、そして平易な文字でこう記されている。
「このしなはやさしいオークたちがみつばちからがんばってあつめたはちみつからつくられています」
「ふん…? 物語にしても随分と吹いた話を書くものだ」
「ヘイ! ですからオーク退治の前にオークを飲んじまえってね! ハハハハ!」
「そんな諧謔で容易く倒せる相手ではないぞ。奴らの怪力と頑健さは侮れん」
そう言いながらキャスバスィはその皮製の紙に描かれた絵柄を興味深げに眺める。
悪評高いオークをわざわざ絵に描いた紙を貼りつけて酒を売る…
それにいったいどんな意味があるのだろうか、と。
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