第78話 決戦前夜

「成程、オ前カ。コノ村無茶苦茶ニシヨウッテ奴ハ」


ニタリ、と笑ったウッケ・ハヴシは周囲をざっと見渡す。


「無茶苦茶? お前に都合が悪イッテダケダロ」

「ソレガダ。俺ニ刃向カウノモ俺ニ逆ラウノモ許サレルコトジャネエ。

「お前の前ニモ族長はイタ。ダ。テメエダケ族長面すンじゃねえよ」


目を大きく見開き、歯を剥き出しにして、己より一回り小さいクラスクを真上から見下ろし威嚇する。

クラスクも年齢の割にはだいぶ大柄なはずなのだが、族長と比べるとどうしても見劣りしてしまう。


上から横から無遠慮に若造をじろじろと観察したハヴシは、相手が口ぶりは一人前ながら密かに冷や汗を掻いていることに気づき、ぬたりと笑って威嚇を止めた。


「マ、ドウヤッタノカワカランガ、女ヲ綺麗ニシタコトダケハ褒メテヤル」

「そイつはドウモ」


ただ…彼の視線に脅える女の一人が、隣にいるオークの背に隠れるのをハヴシは見逃さなかった。


それはよろしくない。

女がオークに頼るだなどと。

本来は恐怖と畏怖で支配すべき相手だというのに。


「デ…ドウスル? 小僧」

「決まっテル。『頂上決闘ニクリックス・ファイク』ダ!」


クラスクの言葉に周囲のオーク達がざわめき、どよめいた。

そして次の瞬間わっと歓声が上がる。

族長に座を賭けて決闘を行うことを頂上決闘ニクリックス・ファイクと呼ぶ。

見るのも挑戦するのも、およそオーク族にとって最大のイベントと言っても過言ではない。


「フウン…?」


ハヴシはなんとも気に入らぬものを眺めるような目でクラスクを睨んだ。

その理由は周囲のオーク共の反応にある。

彼らの大半はハヴシが勝利するであることをしつつ、だが目の前の若造が万が一にでも勝ちの目を掴むかもしれぬことをどこかしている。



それはこれまで彼に挑んできた相手の誰一人とてなし得なかったことだ。



それは面白くない。

自分の勝利が疑われることなどあってはならない。

オーク族の支配というのは絶対的でなければならないのだから。


「イイダロウ。若造ニソレガドレホド増長慢カ教エテヤロウ」


だがそのような内心はおくびにも出さず、犬歯を見せつけ笑ったハヴシは斧を持った手を掲げて叫ぶ。


「明日ダ! 族長ウッケ・ハヴシの名に賭けて! 明日ノ正午俺トコノ小僧デ『頂上決闘ニクリックス・ファイク』ヲ行ウ! イイナオ前ラ!!」


うおおおおお、と村中が大音声に包まれる。

得意げに腕を掲げたハヴシの前で…だがクラスクの顔面は蒼白であった。



      ×        ×        ×



「早すぎル…クソッ!」


椅子に座ったクラスクが己の顔面を鷲掴みにして苦悶の声を上げる。


「申し訳ありません旦那様。私が身勝手をしたばっかりに…」

「いや…お前ノせイジャナイ」


大きくため息をついて、クラスクは蜂蜜酒を一気にあおった。


「ワッフさんは殴られて歯が折れてたそうですけど命に別状はないそうです」

「ソウカ…」


ベッドに寝かせられたワッフにすがりつくサフィナの様子を思い出しながらミエが告げる。

だがクラスクの反応は芳しくなかった。


クラスクは族長を決闘で倒そうなどと考えていなかった。

村の変革を推し進めれば生活が向上し、いつでも酒が飲め、女も綺麗になる。

だから最終的には村の全員がこちら側についてくれるはず。

族長が帰ってくるまでにそうした状況を整えて…戦わずして村全員で彼を追い出す目論見だったのである。


だがその思惑は潰えた。

戦うしかない。

圧倒的な強さを、そして技量を誇る彼を、武力で打ち倒すしかなくなってしまった。


「明日…明日ダ! ラオとワッフとリーパグの三人ダけデも…!」


だがいざ戦うとなったらあの三人だけで戦力になるのか?

仮に勝利できたとして決闘を言い渡されたのに四対一で騙し討ちに等しい戦いを仕掛けて村の者がその後ついてきてくれるのか?


わからない。

わからない。


勝利の目算がなにも見いだせず、クラスクは低い呻き声を上げた。


「旦那様…ふぇっ!?」


夫の懊悩を気遣いそっとその手を取るミエ。

だがクラスクは逆に彼女の腕を強引に引き、そのまま唇を奪った。


「ん、んん…んん~~っ!?」


強く、強く、無理矢理にその唇を蹂躙する。

ミエは驚きこそしたもののすぐに抵抗を止め、彼の首に腕を巻き付けクラスクにさせるに任せた。


クラスクは強引にキスをしながらミエを抱きしめ、そのまま片足を狩ってお姫様だっこをしつつ彼女をベッドに運ぶ。

幾度も幾度もお姫様抱っこをしてきたせいか、彼の刈り足は熟練に域に達していた。


ベッドに投げ出されたミエは長いキスで上気した頬と潤んだ瞳で、シーツの上でを作ってクラスクを見上げ、彼の脳を焼いた。



…もしかしたら、これがかもしれない。



クラスクはそんなことを思った。

きっと明日自分は敗北して、殺されて、ミエは族長に奪われる。

そして族長の強引すぎる調教に身も心も壊された彼女は、きっとすぐに


それは嫌だ。

そんなのは嫌だ。




それなら、それならいっそ自分の手で…!





「…いけませんよ旦那様」


動転し惑乱し半ば正気を失いかけたクラスクは…けれどミエの人差し指を己の唇に押し当てられて我に返る。


「今しまっては明日の決闘に差し支えますから。続きは明日この家に帰って来てから…ね?」

「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」


それは…優しい、ひたすらに優しい笑みだった。

いつもの彼女の懸命と献身に満ちた笑みではない。

ただひたすらに相手を愛し慈しむ微笑み…



慈母の笑み、だった。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「きゃっ! 旦那様!?」


ベッドのヘッドボードに額を叩きつけ、己を無理矢理鎮めるクラスク。


(ミエは信じテくれテイル。ミエは俺を信じテくれテイルのニ! 俺が戦士トしテノ己を信じられなイトは何事カ…ッ!!)


額から血を滴らせたクラスクは、泣きながら傷口を拭うミエの腕を取る。


「ミエ。今日ハ…お前ノ手ヲ握っテ寝テもイイカ?」

「……!! はい。はい! 喜んで!」


ミエが思いっきり破顔して…クラスクの荒ぶった心を完全に鎮めた。



(そうダ。俺ハ…俺ハ…!!)



俺は、この笑顔を守る。

何があっても。

何をしても。



嫁の笑顔だけは、なにをしたって守ってやる……!!




×        ×        ×



蝋燭に照らされたベッドの中…お互い向き合って手を繋ぐ。


「明日…がんばってくださいね? ん…(ちゅっ」

「…アア、頑張ル」


「私…応援しかできませんけど」

「それデイイ。お前の応援力クレル(ちゅっ」

「んっ! ふふ、嬉しい…」


「なあ、ミエ」

「はい、なんでしょう旦那様?」

「名前…呼んデくれルカ」

「~~~~!! はい、クラスクさんっ」

「ミエ…(ぎゅっ」

「クラスクさぁ…あン、もう、ダメですよう」


己を強く抱きしめるクラスクをミエが嗜める。

だがクラスクはその抱擁を強くして…


「抱くダけダ。暫く…こうさせてくレ」

「なら…もっと強く…んっ!」

「ああ…!」


ミエがクラスクの首に腕を回し、互いの唇を重ねる。







その夜…ミエは一体、どんな≪応援≫をしたのだろうか。





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