第79話 クラスクの目覚め、族長の策謀

…朝。

決戦の朝。



クラスクは不思議ととてもすっきりとした気分で目が覚めた。



隣にはミエがこちらを向いたまますやすやと寝入っている。

握っていたはずの手はいつの間にか解かれていたようだ。


(決闘、カ…)


かつて族長の戦いを幾度か見たことがある。

訓練でも、実戦でも。

正直今の自分で叶う相手とは思えない。


だが、それでも。

嫁に信頼された以上、できる限りの事をしよう。

彼はそう心に決めていた。



ぎし、と小さな音を立てベッドから出たクラスクは壁に立てかけた斧を掴んで外に出る。


ぶん、と斧を振ってみると、思った以上に軽い。

身体の調子はいいようだ。


「…クラスク」

「ラオ。お前ら…」


クラスクがそのまま素振りをしながら軽く汗を流していると、いつの間にか三人のオークが集っていた。

ラオクィク、リーパグ、そしてワッフ。

特にワッフは右頬を大きく腫らして、サフィナに肩を借りていた。

まあ身長的に肩を借りると言いながら彼女が伸ばした腕に肩を乗せているような有様ではあったが。


「ワッフ。傷は大丈夫カ」

「…ナンテコタネエ。兄貴」


強気に振る舞うワッフと、目尻に涙を浮かべながら随伴してるサフィナ。

クラスクは腰を落とし、そのエルフの少女の頭にごつい掌を乗せた。


「ここまでよく連れて来てくれタ。サフィナ」

「……サフィナ」


きちんと名前を呼ばれ、ぽろぽろと涙を零しながら幾度も頷くサフィナ。

クラスクは不思議と柔らかい笑みを浮かべ、そのままゆっくりと立ち上がった。

奇妙なほどに落ち着いた彼の雰囲気に、サフィナは目を幾度かしばたたかせる。


「ドウスルクラスク。俺達モヤルカ?」


自分の斧を軽く叩いてラオクィクが尋ねる。


「オ、オレハ弓一発! 弓一発ダケ! 弓一発撃ッタラ逃ゲルカンナ!?」

「エ? コレソウイウ集マリダッタベカ?!」

「フフ。ハッハッハ」


リーパグとワッフのやり取りに思わず笑いだすクラスク。


「…随分ト余裕ダナ」

「そんなんジャネエヨ、ラオ。タダ加勢ハ取り合えずすンナ。必要なら合図出す」

「ワカッタ」


ラオが頷き、一瞬遅れてリーパグとワッフが続いた。

クラスクは妙に晴れ晴れとした気分で斧を肩に担ぐ。



「マ…やるダケのコトはやっテみルサ」




×        ×        ×




だが…決闘の時刻が迫る中、クラスク達にとって完全に予想外のことが起こる。


村にがやってきたのだ。


「ナンダ、アイツ…?」

「誰ダ…?」

「ワカラン…ダガアリャ相当強イナ…」

「イヤ糞強イゾアノ野郎。結構トシイッテルノニ…一体何モンダ…?」


ざわざわ、とざわめく村の若いオークども。

族長が帰って来てからというもの彼らに妙な不安が蔓延している。


以前ならなんの疑問もなく族長に従っていたことだろう。

一番強い者に付き従う、それがオーク族の常識だったからだ。



だから…彼らのはすなわち彼らのである。

そしてそれをもたらしたのが…一介の若きオーク、クラスクであった。



ともあれざわめく若いオーク共の中、年嵩のオークの一人が目を瞠り、村の外からやってきたそのよそ者のオークを指差した。


「アノ刺青…間違イネエ。東山ウクル・ウィールノオーク族ノモンダ」

「アノノ部族ノカ?」

「ソウダ。トスリャア…アリャ族長『虎殺し』ヌヴォリカ…?」

「エ、ウチノ族長ト並ンデ有名ナヌヴォリカナノカ?!」


そのオーク…東山族のヌヴォリを、ハヴシが笑いながら抱擁して歓迎する。


「オイ! マタ別ノオークガ来タゾ!」

「アイツ知ッテル! 西丘ミクルゴック族の族長、『蹂躙』のスギクリィダ」

「ソリャエルフノ村ヲ襲ッテ女モ男モガキモジジイモ全部使ッテイウアイツカ…!」


「モウ一人来ヤガッタ!」

「アレナラ知ッテル。西谷ミクルナッキー族ノ族長、『獰猛』のスクァイク、ダナ」

「アア斧ヲ打ち落トされた後人間ノ騎士? ダカニ無手デ襲イカカッテ首ヲ噛ミチギッタトカイウ…?」


次々と村にやってくる各部族の重鎮ども。

それを大袈裟な身振りと笑顔で歓迎するウッケ・ハヴシ。

あたかも己が今日の主役であるかのような演出である。


そして…さらにもう一人見知らぬオークがやって来た。

どうやらこれが最後のようだ。


「モウ一人…アリャ誰ダ」

「? 見タコトネエナ。ソレニ他ヨリイダイブ若エ」

「ケド強エゾアレモ。他ノ族長ドモトイイ勝負デキルカモシレン。流石ニニャア叶ワネエダロウガ」


それは…他のオークに比べるとだいぶ異彩を放っていた。

長身だが普通のオークがそうであるように横にがっしりと太くはない。

いわゆる痩身である。


さらに上半身に身に着けているもの…それはだった。

フードのついたタイプで、造りは原始的だが今でいうパーカーに近いものである。

それも人間の街で売っているようなしっかりとした縫製のものだ。


「アイツモ族長ナノカ…?」

「マテ。アノ入墨…アリャ北原ヴェクルグ・ブクオヴノ部族ノモンジャネエカ?」


オーク族は戦士としての矜持ゆえか傷を誇りと捉える風潮があり、地方によっては自ら傷痕を刻む部族すらある。

それが発展したものがいわゆるオーク族のである。

こうした入墨には部族ごとの流行や決まりがあって、詳しいオークなら相手の傷や入墨の掘り具合から部族を推察することができるのだ。


「北原カ…ジャアアノジジイトウトウクタバッタノカ? ソレトモ引退シタノカ?」

「ワカラン。サッパリワカラン。タダノ名代カモシレンシナ」


口々に勝手なことを囁き合う村のオーク共の毀誉褒貶などどこ吹く風で、そのオークは他の族長のところまで歩を進める。


当然ハヴシが抱擁して出迎えようとするが、そのオークだけは片手で制した。


「村の者の噂を聞くに、ドうやら大事なの前らシイじゃなイデスカ。祝イ合うノハその後ニしまショウ?」

「フン…結果ハモウ見エテルガナ」






鼻でせせら笑いながら、だがそれ以上は強引には迫らずに、ハヴシは村の中央広場へと歩みを進めた。







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