第76話 村の変化と…

「穴掘ルダ! 穴掘ルダ!」


ワッフが鍬を地面にたたきつけ村外れの土地を均してゆく。


「ワッフーさん、掘るじゃなくて耕す…」

「耕スダ! 耕スダ!」

「うん。そう…」


サフィナはワッフが掘り返した後から下肥を撒き、再び土を耕してもらってその上から灰色の粉を撒く。

耕している土から取り除いた草や、オーク達が村のために伐採した木材から出た木枝などを焼いてできた草木灰である。


深き叡智湛えし森の女神イリミよイリミ,クゥガー ウヴ ガァクプル アーグウル イーグ ヴサーク我ら汝の森の恵み、森の糧で暮らす者也ユーア メファ ウッヴ ンウス ヴサーク…」


サフィナはオーク達が樹を斬り倒すたび、自らそれを焼いて灰にするたび跪き祈りの言葉を捧げる。

森と共に生きるエルフ族にとって樹木は大切な同胞のようなもの。そして森の女神が彼らに与えた貴重な恵みである。

エルフの中には木一本を斬ることすら許さず近隣の他種族と諍いを起こす過激派もいるのだ。


サフィナは生きるため木を伐採することそのものを拒絶はしないが、女神に感謝と謝罪の祈りを捧げ、その心を鎮めようとする。

それは彼女なりにこの村で生きてゆこうとする決意の表れなのだろう。



×         ×         ×



さて村の中では複数のオーク達が忙しく働いていた。

木材を切り、石を積み、泥を捏ねて壁に塗る。

新しく家を作っているのである。


この村はオーク族が他の種族の村落を襲撃して奪ったものであり、建物もすべて先人のものを利用している。

彼ら自身で家を丸一軒作る、というのはこれが初めての経験である。


「ソコノ石ハマッスグ上ニ積メヨ! アーアーアーソウジャナイ! コウダヨ! コウ!」


リーパグが他のオーク達に指示を出しつつ自分で手本を示す。

オークにしては珍しく弓使いである彼は手先が器用なのか、先日己の家を増築した際もやけに手際がよかった。

オーク族がオーク族らしい生活をしていたらまず日の目を見ることのなかったであろう隠れた才能である。


「まあわしの設計図通りに作って失敗するはずはないんじゃが」

「俺ノ腕ノオ陰ダロ」

「わしの図面の成果じゃ」

「俺ノ腕ダ」

「わしじゃ!」

「俺ダ!」

「「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」」


互いに腕組みして額を叩きつけながら角突き合わせる二人。


「ナアオイリーパグ、コノ切株ダケドヨ…」

「「ソレハ床ニ置ク奴」じゃ!」


物凄い剣幕で同時に振り向くリーパグとシャミル。

二人で文句を付けながら他のオークどもに指示を出してゆく。


普段の冷静なシャミルなら気付いただろう。

彼女の剣幕に押されたとはいえ、オーク族が女の言うことに従っていることが如何に異様なことなのか。

彼女たちが為そうとしていることが、いかにこの世界の常識から外れた行為なのかを。



×         ×         ×



「リーパグハナニヲシテルンダ?」

「あー、ありゃ風呂だよ風呂。でっかいやつ。最近協力するオークも増えたし、ミエんとこの風呂じゃ狭くてな。えーっとセントーだかコーシューヨクジョー…つーんだっけ?」

「フウン?」


互いに鋤を担いだラオクィクとゲルダがちょうど喧嘩しているリーパグとシャミルの横を通り過ぎる。


ゲルダはいつの間にか当たり前のようにオーク語でラオクィクと会話している。

まだ多少たどたどしいところはあるが、そこはラオクィクの方も共通語を多少覚えたので大体通じているようだ。


「デカイ風呂カ。女ヲ連レテ入ルノカ?」

「バーカ男風呂と女風呂だよ。このスケベ野郎」

「バカ言う奴、バカ」

「なんだとラオお前やんのか」

「ヤライデカ」


がっしと互いに相手の手を掴み握力で握り潰しにかかる二人。


「仕事アルノニコンナコトスル奴、バカ!」

「じゃあ乗ってるお前もバカってことじゃん!」

「俺コノアトチャント仕事スル!」

「アタシだってするさ!」


二人はぎりぎりぎり…と万力のように手に力を込める。


「じゃあこうしようぜ。男のトイレと女のトイレ。どっちがより深い穴を掘れるか…」

「ワカッタ勝負ダ!」


睨み合った二人は…シャミルに指示された持ち場に着くと鋤を地面に突き刺し猛烈に穴を掘り始めた。



…どうやら新規の公衆トイレを設置するための前準備のようだ。




×         ×         ×




「ふう…」


ぐで、と机の上に突っ伏すミエ。

夫のクラスクは現在狩りに出ていて不在である。

もし彼がここにいたら飛びついてキスをしてそのまま甘えていたに違いない。


「やることが…やることが多い…!」


現在ミエは多忙に次ぐ多忙であった。

忙殺、と言ってもいい。


酒造りの一件以来クラスクとミエに協力してくれるオークは一気に増えた。

村の半分はもう超えたろうか。

こちらの世界に来るまで彼女はアルコールの価値をよく理解していなかったけれど、確かにこれなら多くの大人が飲むはずだと今は思う。

たとえ一時でも日常の労苦や悩みから解放される、というのはそれほどに大切なことなのだ。


「私も少しは嗜んでおこうかな…でもキッチンドリンカーになったら旦那様にご迷惑かもだし…ああでもでも旦那様と一緒に乾杯とかしてみたい…!」


テーブルに突っ伏したままじたじた、と上体を蠢かせるミエ。

一体何を妄想しているのだろうか。


「駄目よ駄目。まだやること全然終わってないんだから! しっかりしなさいミエ!」


ぺしぺし、と己の頬をはたき、むくりと上体を起こすミエ。

自身にスキル≪応援≫が発動し、やる気も回復してきたようだ。


足りない。

とにかく施設が足りない。


覚醒した意識で現状を考える。

トイレが1つでは足りないのでゲルダたちに増設してもらう。


風呂待ちが行列になってしまったのでシャミルに図面を引いてもらい幾人かで使える公衆浴場を作る。

もしこれが上手くいけばオーク族も建築作業に自信がついてこの村の発展の大きな力になるだろう。


そして村の周りの開墾…これはまだ人手を割くわけにはいかないが、今後の事を考えるなら最重要で行いたい事業である。

ただし成果が表れるのはもう少し先になるので、すぐにオーク達に手伝わせれば不満が溜まるだろう。

彼らは眼先の利益がないとなかなか腰を上げてくれないのだ。


色々積み上がった難事を前に再び倒れ込み机にごんと額を当てるミエ。


「はあ…旦那様に会いたい…クラスクさぁ~ん…!」

「大変ダ変ダ大変ダ大変ダ大変ダ兄ィィィィィィィィィィィ!」

「わっひゃあああああああああああああああああっ!?」


夜の閨で出すような甘えた声色で独り言を呟いた瞬間の乱入に、ミエは真っ赤になって慌てて顔を上げる。


「リ、リーパグさん!? 何があったんですか!?」


ミエの言葉に…真っ青になったリーパグが答える。




「族長ガ…」

「ぞくちょう?」

「ハヴシ族長ガ帰ッテキヤガッタ…!!」







この村のオーク達を総べる族長…ウッケ・ハヴシの帰還である。





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