第75話 女性の味方

「ヨーシイクダドー! 花ヲイッパイ集メルダナ!!」

「うんっ!」


斧を担いだワッフがサフィナを肩車して村を飛び出る。

まるで森中の花を集める勢いだ。


サフィナのきゃっきゃとはしゃぐ声が徐々に遠ざかり、村にどことなく寂寥感が残った。


「…ミエや。これは割とすごいことじゃぞ」

「はい?」

「オークの村に笑顔がないことに違和感を感じるようになったというのは、凄まじい変化じゃと言うておる」

「そうなんですか?」


シャミルの言葉にあまり実感が湧かないミエは少し首を捻る。


「確かになあ。オークどもはみんな不愛想だし。最初は何考えてるかわかんねえってなったな。ま悪口はすぐにわかったけど」


豪快に笑うゲルダはなぜか肩に鍬を担いでいる。


「う~ん…やっぱりあまりピンときませんねえ」

「まあ確かにお主のとこのクラスクはオーク族としては表情豊かじゃな」

「…ですよね?」


ミエはクラスクからオーク族の喜怒哀楽を学び、そこから他のオーク族の表情を読み解いて、かなり初期からオーク達の感情表現を理解できるようになっていた。

シャミルやゲルダのような感覚はミエには最初からあまり縁がなかったのである。


とはいえそれはミエの≪応援(旦那様/クラスク)≫の効果によって彼にオークとしては珍しいレベルの情緒が発生していたことが主な要因であり、その点シャミルたちと同列には語れまい。


「まあなんにせよお主が相当とんでもないことをやらかしておるということは自覚した方がよいぞ」

「…それ褒めてるんですよね?」

「当たり前のことを聞くでない。手放しで褒めておるではないか」

「「ええ…?」」

「…なんじゃいその目は」


シャミルの言葉に明らかに疑いの目を向けるミエとゲルダ。

ジト目で二人を睨むシャミル。


「それはともかくよぉミエ」

「ともかくではない! 大事な話じゃぞ!」

「それはともかくなんです? ゲルダさん」

「ああっ! 流しおった!?」


愕然とした表情のシャミルを放って会話を続ける二人。


「この前来てたクエルタなんだけどよ、あんまりあそこのオークと上手くいってねえってさ。どうする?」


それはミエにとって非常に重要な命題である。

この先いずれ村の外から女性を招き寄せて嫁いでもらうとしても、今村にいる女性たちを蔑ろにするわけにはゆかない。

いやむしろ不幸な経緯でこの村に連れてこられた女性たちをこそしっかりフォローしなければならぬ。


いずれは攫われてきた女性達を当人が望めば故郷に帰してやりたいけれど、今それを認めるわけにはゆかないのだから。


「ふっふっふ…そういう時のためにこれを作っておいたのです…じゃん!」

「粉…? 塩かこれ?」


ミエが取り出した小さな袋を開くと、中に粉末が入っていた。

確かに塩に見えなくもない…が、やや色が黄色味がかっている。


「違いますー。これは蜂蜜から作った天!然!酵!母!ですっ! …まあ精製したのはシャミルさんですけど」

「テンネンコーボ…?」

「一応作ってはみたが量の割には結構手間じゃな。生種を継ぎ足して使い続けた方がよいのではないか?」

「? ? えーっと、つまりなんだこれ」


ミエとシャミルの言っていることがよくわからず、ゲルダが指差して尋ねる。


「簡単に言うと…そうですね。甘いものをお酒に変えてくれる粉です。パンも作れますけど」

「酒!? パン?!」


村にいるオーク達がその言葉に反応しぐりんと彼女たちの方を見る。

ミエとシャミルは慌ててゲルダの口を塞ぎ村はずれに場所を移した。


「しーっ! これは私達の切り札なんですから! あまり聞かれないようにしてください!」

「おー…そうなのか…? 悪ィ」


よくわからないまま頭を掻いて素直に謝るゲルダ。


「私達もちょっと言葉が足りませんでした。ちゃんと説明しますね」


こほん、と咳払いをしてミエが話し始める。


「オークたちは果物とかを壺に入れてお酒を造りますよね?」

「あー、ラオの奴もよくやってんな。なんか上手く行ったり行かなかったりだが。やたらすっぺえ時とかあるし」

「その果物をお酒に変えているのが酵母です。正確に言うと果物の糖分…ええっとつまりをアルコール…に変えてるんですね。だから基本的に甘いものじゃないとお酒にはなりません」

「へー、はー、ほー…」


口をあんぐりと開けて感心するゲルダ。

知らないことに対して素直に驚き感じ入ることができるのは彼女の長所と言える。


「じゃあラオの野郎の酒造りが上手く行ったり行かなかったりするのはなんでだ?」

「その酵母がラオさんの壺に辿り着くかどうかが運任せだから…ですかね」

「運? …辿り着く?」

「酵母ってそこら中に漂ってるんですよ。でそれが運よく果物とかにくっつくとお酒に変えてくれるんです。まあ果物それ自体にくっついてることも多いですけど」

「そこら中に!?」


ゲルダは眼を剥いて上下左右とキョロキョロを見回す。


「…どこにもいねえぞ」

「それはまあ…目に見えないくらい小さいですから」


困ったようにミエが微笑み、その後ろでシャミルが腹を抱えて笑いを堪える。


「じゃあ酒造りってのは結局運か」

「いえいえ。そこで蜂蜜です。蜂蜜には酵母がいっぱいくっついていて水でちょっと薄めるだけですぐに発酵をはじめてくれるんですよ。まあ多かれ少なかれ他の果物もそうなんですけど。葡萄とか」

「へぇ~…そいつは便利だな。だからミエはあんなに簡単に酒が造れるのか」

「はい。そしてコレです。この粉はその酵母が活動している液体をまあこう…シャミルさんが上手く蒸発させたものなんです」

「あン…?」


眉根を顰めたゲルダは…だが三拍ほどの間を置いてぽんと手を叩いた。


「つまりこいつを使えば酒が造れる!?」

「はい御名答…でも声は小さくお願いしますね」


ゲルダの正答に拍手で応えるミエ。


「なのでクエルタさんには後でこっそりこれをお渡しして、あそこの御亭主さんにこう告げてもらいます。『私にお酒を造らせてくれませんか?』って。私と言う成功例がいますからもしかしたら…ときっと任せてくれると思うんです。そしたらこっそりお湯で戻したこれを使ってですね」

「女が上手く酒を造れればオークは感心する! 女を大事にするようになるって寸法か!」

「はい。また正解です! ぱちぱちぱち」


「可愛い顔して割とえげつねえこと考えるなミエは」

「わしもそう思っとった」

「……誉め言葉として受け取っておきますね?」



にこり、と微笑むミエに背筋を凍らせる二人。



「男が稼ぎに出ている最中家を守っているのは女ですもの。もう少しその権利が認められてもいいと思っているだけですよ、私は」

「…あれだな。ミエがクラスクさんにゾッコンで良かったなうちのオークどもは」

「本当じゃ。そうでなければ女傑としてこの村が牛耳られておったやもしれん」

「も~、二人とも~!」



ミエの抗議の声を笑いながら受け流すゲルダとシャミル。

オークの村に住まう女性たちの…反撃のしるべが掲げられた瞬間である。





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