第74話 オーク村改善計画

「ラオの野郎がなんかクラスクさんとこに参加する条件みたいなの聞かれてたぜ」

「う、うちも、ワッフーが聞かれたって言ってた…」

「うちもじゃな。わしとしてはあやつがいらんホラを吹かんかそっちの方が心配じゃが…」


眉根を顰めつつそう呟いたシャミルは、杯を傾け目を大きく見開いた。


「これはいけるの」

「本当ですか!? やったぁハーブティーのレパートリーに加えとこ!」


ミエは小躍りして喜びエプロンをはためかせる。

最近手作りしたものだ。

これで主婦らしさアップ! とご満悦である。


ではなく主婦としての技量そのものを上げるのが本来あるべき姿だと思うのだけれど、ミエの場合先がないと告げられた病床の身で結婚や新婚生活というものに対し深い諦観と同時に強い憧れを抱いていた。

ゆえにそうした『らしさ』を求めてしまうのも仕方ないことなのかもしれない。


「エプロンいいですよね~。旦那様もお気に入りです!」

「へえ。生活感溢れる感じが好みなのか? 意外だな」

「サ、サフィナもいいと思う…」

「ふふ~んありがとうございます!」


ゲルダとサフィナの率直な感想にミエが嬉しそうにくるりと周り、エプロンと服の裾がふわりとはためいた。


「…で、ミエや。あのオークがお主のエプロンを褒めるのはいつ、どこでじゃ?」

「え? それは、え~っと…」


シャミルにそう尋ねられたミエは頬を染め、言葉小さくごにょごにょと呟く。

それだけでシャミルはすぐに把握した。

彼女の夫がミエにエプロンを着せたがるのはおそらく夜のベッドの上であろう、と。


(妙な性癖が育ちつつあるの…というかオーク族にそれだけの情緒があることがまず驚きじゃが…)


とはいえ逆に言えばクラスクはそれだけミエを大事にしているということの証左でもある。

自分の相方の軽薄そうな横顔を思い浮かべ、シャミルはなにやらイラっとした。


「あの小僧…家の前でわしの事を聞かれたときにあることないこと吹聴しおって…」


杯を持ちながらぷるぷるとその身を震わせるシャミル。


「のうゲルダ、男の殴り方を教えてくれんか」

「いいぜー。まず腰をこう…」

「こうかの?」

「いやもっと腰を落としてだな…」

「もー、喧嘩はやめてくださいね? 私達はオーク達と上手くやれるってことを率先して他の女性に見せないといけないんですから!」


腰に手を当て嗜めるミエは見ようによっては娘を叱る母親のように見えなくもない。

まあ見た目はともかく実年齢は皆彼女よりずっと上なのだが。


「だいたいシャミルさんは夜にマウント取ってらっしゃるんですからいいじゃないですか…」


これまでの彼女とリーパグの関係を思い返し、的な意味で話すミエ。


「げ、なぜ知っておる」


そのセリフに妙に困惑した顔でシャミルが反応した。

心なしか首筋がやけに赤い。


「いえそんなのお二人の様子を見れば…」

「様子?」

「え?」

「あ…」

「あ……」


互いの誤解に気づき耳先まで赤くなる二人。


「あ、ああ…マウントってそういう…」

「やかましわーっ!」


視線を逸らし指先をつんつんしながらもじもじするミエにシャミルが激しくツッコミを入れる。


「…どうゆうこと?」

「あーなんだー。ああ見えてシャミルの奴も自分とこの男とそれなりに上手くやってるってことさ」

「よかった…♪」

「上手くなどやっとりゃせんわっ!」

「ああ…上手くやるってそういう…」

「ミエも黙らんかーっ!」


閑話休題。


「とにもかくにもオーク達がお風呂を気に入ってくれたのはよかったですね」

「綺麗好きというわけではないようじゃが…大量に汗を掻いてすっきりするのは単純に心地よいようじゃな」

「一方トイレの利用率はあまり芳しくないですけど…」

「地道に習慣づけするしかないのう」


新しく協力してくれるオーク達に対する計画の進捗具合を報告する。


「あと使う人が増えたせいで計画より肥溜めが早く一杯になりそう…」

「とりあえず増やすか? アタシが掘っといてやるよ」


右手を半分上げたゲルダにミエが軽く頭を下げる。


「ありがとうございます。そちらはお願いしますね。あとその肥溜なんですけど発酵具合に関しては問題なさそうですしそろそろ消費を考えたいところです。えーっとほんとは穀類とかが欲しいんですけど…」

「この村の立地では麦は厳しかろうなあ。木を大量に切り倒して村自体を大きくするのはまだ早かろう。農業を志すにはちと協力者が少なすぎる。外との繋がりもな」

「…ですよねえ」


ミエはこの世界の言語を自動翻訳で把握しているわけではなく、この世界の言語をしている。

だからこの世界の共通語に麦という単語があることは既に知っていた。

ただその麦がかどうかまではわからないし、わけでもない。

その点に関してミエは塩や蜂蜜の件でよくよく理解した。


一瞬自分が包丁と鍋を構え己より背丈のある牙を剥いた麦の群れに立ち向かう様を想像し眉を顰め困惑する。


ここは異世界なのだ。彼女の知っている常識が全て通用するわけではない。

今の妄想もまったくあり得ないことではないののである。


「なら果樹園でも作ります? 果物ならオークも食べますし」

「それも悪くないが成果が出るのはだいぶ先の話じゃのう。オーク達はあまり先見がないゆえ時間がかかりすぎるものは少しリスクが高い気もするな」

「あー…確かに今は即効性のある政策を矢継ぎ早に打ち出したい時期ですよねえ」

「こやつ政治家みたいなことを言いよる」

「あはははははは……」


シャミルに指摘されるまでもなく、ミエも我ながら不似合いなことをしているという自覚はある。


だが夫であるクラスクが求めていること、そして彼女自身が望んでいることを実現するためには、どうしたってが必要なのだ。


う~んと腕組みをして考え込むミエとシャミル。

とそこにおずおずとサフィナなが挙手をした。


「あの…サフィナ、お花、育てたい…」

「「「花?」」」


こくこく、と頷くサフィナ。


「お花、綺麗だから、きっと、オークさんも、喜ぶ…」

「わはは! オークにお花! オークにお花ときたか! わははは! 確かにオークのイメージはだいぶ変わるな! あはははははは!」


一人大受けするゲルダ。

サフィナはぷうと頬を膨らませ、ゲルダの膝をぽかぽかと叩いた。

だがそんな二人をよそに、ミエとシャミルは素早く小声で相談し合う。


「…悪くないんじゃないですかね。果物に比べたら成長も早いですしオークの感受性を育てるのに使えるかもいしれません」

「実益もあるぞ。火輪草を身近に採取できるようになるし口紅や蝋燭、それに衣服の染料として色毎の花を用意しておくのは今後必要じゃ。花を育てる横で時間のかかる果物のの育成をしてもよい」

「あと食料用途じゃないのもいいかもしれません。下肥しもごえ施肥せひするとどうしても衛生面が気になりますから」


「あの、お花、きれい…」


自分の意見を一生懸命プレゼンするサフィナの手をミエが情熱的に取った。


「とても素晴らしいと思います! 是非やりましょう!」

「うむ。サフィナは賢いのう!」


ぱあああ、と顔を輝かせるサフィナ。

まあそれぞれの思惑が少々違うけれど、少なくとも途中経過は同じである。





こうして…オークの集落の周囲を花畑で囲むという、おそるべき計画が立てられたのだ。




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