第73話 圧倒的な強味

「おおいお前ら!」


夜…クラスクが広場に出て仲間たちに声をかける。


「ラオ! リーパグ! ワッフ! あとはクィーヴフ! ルコヘイ! クラウイ! お前らもダ!」

「ン…?」

「ナンダイ兄ィ」

「ナンカ仕事ダベカ?」


すっかり日は暮れているが、オークには暗視があるので夜間の活動は全く問題にならない。

クラスクに呼ばれた一行はのこのこと彼の前に集合する。


「この前ハ助かっタ。その礼にこいつヲ用意したゾ」


いつもの面子以外に呼ばれた三人…クィーヴフ、ルコヘイ、クラウイは先日蜂蜜狩りに参加した面々である。

そして彼らの前に出されたのは大きな壺。

そこから漂う香りは…


「「「酒ダ!」」」


杯を渡され我先にと煽るオークども。


「ウマイ!」

「初メテ飲ム味ダ!」

「イケルナコレ!」

「俺ニモクレ!」

「オカワリクレ!」


次々に飲み干しては酒を注ぎ、また煽る。


「コンナニタクサンノ酒ドウシタ。襲撃ニハ行ッテナイダロオ前」


ルコヘイがほろ酔い気分で尋ねると、クラスクは犬歯を見せながらニヤリと笑う。


「コイツハ襲撃デ奪って来たもんジャネエ。うちの嫁ガ作っタもんダ」

「ミエ・アネゴガ!?」

「アー…そう、それダ」


ざわざわとざわつく一同。

内心してやったりとほくそ笑むクラスク。


「いやー嫁は大事ニするもんダナ! お前ラも自分のトコの女を大事にしタらイイコトあるかもシれなイぞ。ハハハハ!」


少しわざとらしく、そして大仰に喧伝する。

その声を聞きつけて村のオーク達も興味深そうに集まってきた。

クラスクはそんな彼らにも一杯ずつ酒を振る舞い嫁の自慢をする。


「ま、俺に協力しテくれルならもっト呑んデもイイゾ。なにせコイツは家デ作っタ酒ダからナ! まダまダあるンダ!」


クラスクへの協力…それはつまり家に繋いでいる女性を解放し、自由に行動させるということだ。

そして同時に女性はミエたちの仲間に加わってもらってオーク語の勉強をしながら村の手伝いをしてもらい、彼女の達を相方であるオークには共通語を学んでもらう。

要はミエたちがこれまでやってきたことをなぞってもらうことになる。


初めの内はみんなクラスク達の事を胡散臭げに見るだけで、協力者などまるでいなかった。

鎖に繋いですら反抗的だったり不服従だったりする女が多いのである。

自由にさせたら逃げ出すに決まっているではないか。


だが最近ミエたちが村から逃げるでもなくむしろ率先してオーク達の仕事を手伝っている様を見て、彼らの偏見もだんだんと減ってきていた。

そこにきてこの酒である。



酒が大好物なオーク達に、女性を大切にすることと美味い酒をイコールで結びつける効果はとてつもなく大きかった。



たちまちクラスクのところに相談に来るオークがどっと増え、彼らが束縛している女性たちが一時的に解放される。


彼女たちを引き渡されたミエは、まず女性たちを皆風呂に入れ綺麗に洗ってやり、その後ちゃんとした服を着せてやりとびっきりの化粧を施してやった。


化粧品はミエたちが手間をかけて採取した蜜蝋を加工したものだ。

先日シャミルに蜜蝋を渡して作ってもらっていたものである。


以前にサフィナが運ばれていたという打ち捨てられた馬車に出向き、その残骸から拾い集めた錬金術道具一式が役に立った形だ。


蜜蝋は肌に馴染みやすく、また肌を柔らかくする効果があり、化粧品と非常に相性がいい。

ボディクリームやハンドクリーム、リップクリーム、保湿液、美容液、洗顔料、さらには花の色で染めた口紅などの材料にもなる。


当たり前の話だが、清潔にして髪を梳かし化粧を施せば大概の女性は綺麗になるものだ。

だがオークの村で虐げられ、風呂すらろくに入れず、さらには散髪さえまともにできなかった彼女たちは…そうしたものから遥か遠く離れた境遇にあった。


だからこそそれらのケアを十分に受け、さらにはこの世界では王族すら垂涎するレベルの化粧品の恩恵を存分に受けた彼女たちは…それこそ、といったレベルで変貌することになる。


オーク達にとってみればそれこそ魔法のように映ったろう。

自分達が手元に置いていたあの自分を睨みつけるだけの見すぼらしい女が突然美女に生まれ変わってしまったのだから。


動揺するオーク達にクラスクが耳打ちする。

嫌われたくないなら、逃げられたくないなら、お前も清潔にした方がいいぞ…と。



そうして彼らに自然に風呂とトイレの習慣を植え付けるのだ。



鏡を見た娘本人ですら驚く美しさに挙動不審となるオーク。

いつもと違うの態度に怪訝な顔をする娘。

そのオークは…そんな彼女の表情に心臓を鷲掴みにされてしまう。





彼の脳裏にクラスクの言葉が反響する。

だが大事にするとはどういうことをすればいいのだろう。

なにをしたら大事にしたことになるのだろう。

肉をやればいいのだろうか。

それとも果物をやればいいのだろうか。



…そうだ、明日ミエ・アネゴに相談してみよう。



そんなこんなで…

クラスクとミエの評判は、瞬く間に村中に広がっていった。



×       ×       ×



「ふう…」


やることが多すぎて夜になるとどっと疲労が押し寄せてくる。

ミエはベッドに腰かけながら嘆息した。


「ミエ、まだ起きて…なんダソレ」

「あ、これは蝋燭です」

「ロウソク…?」


クラスクが寝室に入ると、箪笥の上に何やら長い棒のようなものがあり、その上にちろちろと炎が燃えていた。


「これも蜜蝋から作れるんでですよ。まあこの村だと私以外あまり意味ないですけどね」

「この部屋に火……灯リ……」


クラスクはそう呟いた後はっと何かに気づく。


「そうなんですよ。これでやっと私も…ってなんで消そうとするんですか旦那様っ!?」


無言で蝋燭の火を握り潰そうとするクラスクを慌てて留めるミエ。


「…コレアルト夜デモミエ俺見えル」

「そうですよ! 私だって旦那様の顔見たいじゃないですか! ずっとずっと…ずっとずっと待ち続けてたんですから!」


クラスクが妙に棒読みで呟き、ミエが己の思いの丈をぶつける。


「それ困ル! 俺ベッドの中絶対変な顔してル!」

「それを言うなら私だって! その…変な顔、してる…してます、よ…っ」


途中から言葉が小さくなってゴニョゴニョと呟くミエ。

耳先からうなじまでかああ、と赤くなる。


「ミエのあの顔ハ興奮すルからイイんダ!!」

「それなら私だって旦那様の顔見て興奮したいですー!」

「嫌ダ嫌ダ! 俺絶対みっトもなイ!」

「クラスクさんはいつだって素敵ですっ!!」




珍しくぎゃあぎゃあと言い争う二人。







…まあその後色々あって、その晩ミエにたっぷり応援されたクラスクは耐久度と魅力を上げてしまうわけだけれど。





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