第66話 それぞれの事情~サフィナの場合(後編)~

「たたたた大変大変! サフィナちゃん攫われちゃう!」

「待て落ち着けミエ! まず武器だ武器! ラオの奴から槍借りてくっかな…」

「二人とも落ち着け過去の話じゃ」

「「あ…」」


シャミルの言葉で正気に戻る二人。


「まあ確かに。つーかどっちかっつーと攫われたからこそここにいるっつーか…」

「ああああすいませんみっともないところを…」


我に返りぼりぼりと頭を掻くゲルダ。

恥ずかしそうに両手を顔で覆うミエ。


そんな二人を尻目にシャミルがサフィナへと冷静に問いかける。


「で…攫われた後どうしたんじゃ」

「えっと、別の人に売られて、その後また別の人に売られて…」

「「「オオウ…」」」


少女の身に降りかかったにしてはあまりに惨い仕打ちに三人は思わず声を失った。


「売られるたびにね、私の値段が上がっていって…その、すっごく怖かったの。この後私が誰のものになっても…その、誰が私をにしても、きっとその人にとって私はお金で買える程度の存在しでしかないんだなって思って…」

「無理して話さなくてもいいのよ」


喋りながら顔が青くなり。小さく震えだすサフィナ。

まるで彼女の周りだけ冬が訪れたかのようだ。


「ん…だいじょうぶ」


けれどミエに抱き締められ頭を撫でられるとだいぶ落ち着いたようで、抱擁からそっと身を離すとぽつぽつと話を続けた。


「それでね、あのね、何度か売られた後檻に入れられてね、馬車に詰め込まれてこの森を通ったの。檻は小さくって、その中で私は立つこともできなくって、馬車の壁には戸棚があって、そこには色んな色の小瓶があって、他には誰も乗ってなくって…だからきっと私はそこにある小瓶の1つ2つくらいの扱いでしかないんだなって、それだけの価値しかない娘なんだなって、全部諦めて、震えてて…」

「…助けに行くぞミエ止めンなよ」

「ゲルダさん落ち着いてください」


憤り立ち上がりかけたゲルダをミエが制し、無理矢理着席させる。

もっともミエの力では全体重かけて強引に上から押さえつける必要があったけれど。


二人のそんな様子を見ながら愛らしい笑い声を漏らすサフィナ。

どうやら恐怖感は拭い去れたようだ。


「それでね、鉄格子越しに馬車の中から外をぼんやりと眺めてたらね、人がいたの。緑色の、斧を持った人が」


緑色の、少し小太りでずんぐりむっくりな、少し怖そうで、でもどこか愛嬌のある、緑のひと。


「私、思わず檻を掴んで『パムラー!』 叫んじゃって…」

「ぱむら?」

「それくらいならわしでも知っておる。確かエルフ語で『助けて』とかそんな意味じゃったか?」


サフィナが頷き、ミエとゲルダがおお~と嘆声を上げる。


「馬車の中から声が届くはずないのに。届いたって他の種族にエルフ語なんて通じるはずないのに。でも…あの人は、助けに来てくれた」


ミエはの話を知っていた。

亭主であるクラスクから聞いていたのだ。


その日までワッフは怪力ではあるが鈍重で、攻撃もろくに当てられないお荷物という評価だった。

クラスク達だけがなんとか「でもせっかくの怪力なんだし…」とワッフの使い道を模索していた頃だ。


その日、森の中でワッフは沢筋を疾走する荷馬車を発見した。

襲撃の獲物である。

馬車は速く、彼がそのまま森から飛び出て崖を駆け下りても間に合わない。

だがワッフは森の中を突っ切ることで馬車の先回りをした。


その道は昔川の流路だった所を街道として整備した場所で、元の流れに沿って大きく蛇行している箇所があった。

だからワッフは森の中、木々の間を強引に駆け抜け藪を踏み越え、茨の中を突っ切って、馬車が道に沿って大周りしなければならぬところを最短距離で一気にショートカットしてのけたのだ。


ワッフ…というよりオークにしてはとても賢いやり方である。

とは言ってもこれは彼の発案ではない。


それより前の襲撃でクラスクが見張りをしていた時、それと全く同じやり方で戦果を挙げ、自慢半分にワッフやリーパグ達に語っていてた。彼はそれを覚えていたのである。


当時のワッフはろくに戦績を残せず、このままでは村から追い出されるかもしれない…という危機感もそれなりにあって、必死に他の人のやり方を学び参考にしようとしていたようだ。


ともあれ彼は崖の上からそのまま馬車の上に飛び乗って、その両刃斧で馬車の天井を叩き壊し、バランスを失った馬車を沢壁に叩きつけ、街道から外れた元小川の支流だったらしき藪の中に横転させる。

そしてクラスク達が駆け寄るまで荷馬車の護衛どもと渡り合い、満身創痍になりながら内一人を打ち倒してのけたのだ。


そう、それはワッフが初めて襲撃で戦果を挙げ、一人前と認められた日。

その功績として、彼は己のとしてそのエルフの少女を選んだのである。


「あのとき…全部諦めてたあのときにね、いきなり天井が壊れて、空が見えたの。太陽の女神エミュアが私を照らしたの。そして…あの人がそこにいた」


鉄格子の隙間から必死に上を見上げて、逆光の中それが先ほどの緑色の人だとすぐにわかった。

そして間近で見ることで、少女は今更ながらにそれが噂に聞いた怖い怖い種族、オーク族なのではと気がついた。


「その人が天井も壁もどんどん壊していって、馬車がよたよたよろめいて横倒しになって、サフィナは檻の中でごろごろきゃーってなって、馬車の壁に並んでた瓶がいっぱい割れて、煙がモクモク出てきて、サフィナまたきゃーってなって…それで、煙が晴れたころ…ぜんぶ、ぜんぶ終わってたの」

「くそっオークのくせにかっこいいじゃねえか…」

「シッ、今いいとこなんですからっ」


ゲルダのどこか悔しそうな吐露をミエがたしなめる。


「馬車の中から食べ物とかお酒と一緒に私の檻も出されて、あの人が前に立っていて…それでね? それで私に色々話しかけてくるんだけどさっぱりわからなくって、それで何度も首を振ってたら、今度は私の前で色んなポーズを取ってくれて…最後にこう…こうしたの」


サフィナは椅子から飛び降りると自分の頭を押さえ、亀のように床に丸くなった。


「あー…目を閉じて小さくなってろ、みたいな?」


ゲルダの言葉に、起き上がり再びもぞもぞと椅子に座ったサフィナが小さく頷く。


「オークは怖いって聞いてたの。でも私の前で色んなことするあの人がなんかとってもおかしくって…」


くすくす、とあの時の情景を思い返し、サフィナが楽しげに笑う。


「それでね? それで私が真似っこしてこう…小さくなったらね? ごーん、って大きな音がして…頭を上げたらね、檻が壊れてたの!」

「「「おおおー」」」

「あの人の手は震えてて…手に持っていた斧はその先っぽがなくなってたけれど…あの人は、檻の中からぴょこんって顔を出した私に手を伸ばしてくれて…それで、私はその手を取ったの…」

「「「おおおおおおー!」」」


汗を飛ばしつつぽ、と頬を赤らめつつ語るサフィナの描写にミエたちが感嘆の声を上げ…そしてすぐに小声で相談を始めた。


「あのふとっちょ野郎なかなかやるじゃねえか。ちょっと見直したぜ(ボソボソ)」

「なにかいい感じじゃありません? いい感じじゃありません!? これ来てますよ。絶対来てますって!(ヒソヒソ)」

「そうは言うがなミエ。オークどもから見れば要は馬車を襲ってを攫っただけじゃろこれ。相当美化されておるのではないか…?(コソコソ)」


そんなミエたちの様子を見ながら…サフィナは少し俯いて言葉を紡ぐ。


「…知ってるの。オークが自分たちのために私を攫ったこと」

「サフィナちゃん…」

「でも…でもね、あのときのサフィナまっくらだったの。檻の屋根がね、馬車の天井がね、ずっとずぅっとサフィナの上にあって、覆いかぶさってて、潰されてるわけじゃないのになんかすっごく重くって。なんにも見えなくって。すっごく怖かったの」


ぽつり、ぽつりと当時の気持ちを語る。

何度も何度も売り飛ばされて、怖くて辛くて泣きそうで、でもそんなことをしてもきっと自分の気持ちなんて誰もわかってくれない。

檻の中の、鉄格子の内の閉塞の日々。


「でもね…サフィナの上にあった天井を壊してくれたのは、お空を見せてくれたのはあの人なの。檻から出してくれたのはあの人なの。でサフィナを連れ出してくれたのもあの人だったの。震えてるだけだった私の言葉を聞いてくれたのは、怯えてるわ私に手を伸ばしてくれたのは…あの人だけだったの。だから、だからね、サフィナ…」


きゅ、と胸に両手を当てて…少女は、己に言い聞かせるように呟いた。




「サフィナね…あの人のものなの」




「「「きゃー♪」」」


サフィナの言葉にミエどころかゲルダとシャミルまで思わず黄色い声を上げてしまう。


「き、き、聞きました奥さん!?」

「随分とまあ…はっきりと言い切りおった」

「ひゅー! やるねえ」


三者三様に囃し立てられて、汗を飛ばしつつ尖った耳先まで赤くなって恥じらうサフィナ。


「しかし大丈夫かの? 森から離れた今『世界樹の加護』がいつまでもつかもわからんし、肉体的には決して丈夫とは言えぬエルフががさつなオーク族との生活でやっていけそうか?」

「わからない…けどあの人は…ワッフーは優しいの…サフィナがあまりお肉とか食べられないってわかったら野草とか果物とかいっぱい持ってきてくれるようになったし…」

「いやそれもあるが…そのなんじゃ、夜の営みと言うかじゃな…」

「それに関しては私シャミルさんの方が心配なんですが」


シャミルの台詞に真顔でミエがツッコむ。

人間の目から見れば確かにサフィナは子供っぽいが、彼女より体型的にはさらに子供に近いシャミルであった。


「そこはまあ…アレじゃ。流石にそのままでは入りきらんからこう…最初に小さくしてやってじゃな」

「ちょっとそこのところもっと詳しくー!!!!!」


シャミルが両手で何やら妙な形を示し、それにミエが過剰に喰いついた。


「で、二人は横道に逸れてるけどよ、実際のとこどーなんだよ」


に関して体格的にゲルダだけは全く問題にしていないため、気軽にサフィナに尋ねる。


「…ないの」

「あン?」

「まだ…その、ないの」

「「「え…?」」」


サフィナの小声の告白に、三人が思わず瞠目した。


「なに…あやつまだお主に手を出しておらんのか?! あれだけ惚れとるっぽいくせに!?」

「(こくん)」

「……不能か」

「ゲルダさん言い方! せめて純愛って言ってあげましょうよ!」

「ま、まあ確かに大切にしとるという考え方もできなくはないが…」

「ほ、ほらワッフさんが抱けるくらいに大きくなるまで待ってるとか…」

「エルフの寿命がどれだけじゃと思っとる。世界樹の加護がなくともそれはオーク族の寿命的にそれは無理じゃろ!?」

「でもー!」


喧々諤々と議論を交わすミエ、シャミル、ゲルダ。



そんな彼女たちの喧騒の中…三人に聞こえないような小さな声で、サフィナは唇を尖らせながらこう呟いた。






「サフィナは…いいのに…」





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