第65話 それぞれの事情~サフィナの場合(前編)~

「で、最後はサフィナちゃんの番なんですけど…」


翌日、再びクラスクの家にて。

四人が集まって以前毟った酒瓜の蔓を縦に裂き、細くなった繊維で縄をいながら井戸端会議を行っていた。


ミエの言葉にゲルダとシャミルが興味深そうにサフィナを見る。

女性から見ても驚くほどの美しさと愛らしさであり、なぜか彼女を飼っている…もとい今は共に暮らしているオーク族のワッフに妙に懐いている。


なにせこれだけの美少女である。

ワッフの方が彼女に惚れ込んでいるのはまだわかる。


だが最近まで言葉も通じなかったワッフに対し、彼女の方が好意的だというのはいささか妙な話ではないか。

その理由をミエたちはまだ知らないのである。


「話の前にわしの方からちょっといいかの」

「はい。なんでしょうシャミルさん」


皆から視線を浴びて汗を飛ばし恥ずかしがっているサフィナの横で、シャミルが片手を上げて発言の許可を求める。


「以前サフィナは己を121歳と告げたが…若いとはいえ120を超えておればエルフでは成人扱いのはずじゃ。じゃがその割にサフィナは少々幼すぎるように見える」

「まあ確かにアタシももうちょっと下に見えるな」

「あの二人とも…そういう話は本人の前では…」


年齢より上に見える、下に見えるというのは本人も色々気にしていることが多い。

ミエはその辺りを気にして釘を刺そうとしたのだが…


「そうではない。そうではなく…確認なんじゃがサフィナ、お主もしやしてを得ておるのではないか?」

「「世界樹…?」」


シャミルの言葉にサフィナがぴくんと反応し、ミエとゲルダが顔を見合わせて首を傾げた。


「…シャミルさん。その世界樹ってなんですか?」

「その様子だとミエだけでなくゲルダも知らんか。記憶喪失のミエはともかくゲルダは物知らずじゃのう」

「うるせー!」


怒鳴り返す勢いで思わず蔓草を引きちぎり、新しい蔓を用意するゲルダ。

巨体だけに彼女は細かい手作業が苦手なのだ。


一方のミエはそもそもファンタジー関連の知識に疎い。

彼女の元の世界に於いて北欧神話に出てくる世界樹ユグドラシルなどはファンタジー系の知識を嗜んでいるなら基礎中の基礎のようなものではあるが、ミエの場合それすらもネタ元の神話を文庫書籍などで多少齧ったことがある程度である。


「世界樹とは森の神ヴサーク…女性神の側面であらば森の女神イリミかの…が地上にもたらしたとされる世界に数本しかない神樹の事じゃ。それ一本で広い森ほどの大きさの、膨大な霊力を誇る巨木で、この世界のエルフ族はさかのぼれば皆いずれかの世界樹から生まれたエルフの子孫とされておる。いわばエルフ族の聖地じゃな」

「「へぇ~…」」


ミエとゲルダが感嘆の声を上げ、サフィナがなぜか恥ずかしそうに俯く。


「で多くのエルフは世界樹から独立し、それぞれ別の森に棲み暮らしておるんじゃが…一部のエルフはその神樹を護りはぐくむため世界樹自体を住処すみかとして暮らしておる…と伝えられておる。そうした連中は『世界樹の加護』なるものを受け病気などにかかりにくくなり、また若い内に一度加齢が止まり、その後の成長が極端に遅くなるとも言われておる。いわば膨大な樹齢を誇る世界樹を守護するための魔術機構の一部となるわけじゃな」

「成長が遅くなる…って人工的に幼体成熟ネオテニーを発症させてるってことです?」

「人工的と言うかにじゃがな。しかしわしとしてはその辺りの専門用語がスラスラ出てくるお主の方が気になるわい。記憶喪失前は学者かなにかじゃったのか?」

「さ、さあーどうなんでしょうねーあはははは…」


頭を掻いて誤魔化すミエをとりあえず後回しにして、シャミルはサフィナの容貌やこれまでの言動などから導き出した己の推論の解を求め少女を見つめた。


「もしわしの予想が正しいのなら、脆弱なエルフの肉体カラダで病気にもならずオークの集落の劣悪な環境に耐えられたのも納得がゆくんじゃが…どうじゃ」


サフィナは…シャミルの問いに小さく頷いた。


「えっと…世界樹、森、住んでた。西の方…」

「ということは西の神樹アールカシンクグシレムか。なるほどの」


一人納得するシャミルに、今度はゲルダが挙手(蔓を巻き付けた)をして疑問を呈する。


「よくわからないんだけどよ、それってかなり珍しい奴なのか?」

「そうじゃな。エルフ族の中でもとびっきりの希少種と言ってよいじゃろ」

「ふ~ん。よくまあこの村のオークどもがとっ捕まえられたもんだ」

「それじゃよ」


シャミルは我が意を得たりと頷きサフィナの方に顔を向けた。


「そもそも西の神樹はここから遠すぎる。この森の西にある大丘陵地帯…内に大海に浮かぶ群島が如き幾多の異種族の小国を擁する多島丘陵エルグファヴォレジファートを越えたさらに西じゃぞ。一方でリーパグの自慢話から類推すればこの村のオークどもは基本この森の周囲でしか襲撃をしとらんはずじゃ」

「あれ? 昨日シャミルさん地底のオーク達から逃げてって言ってましたよね? それって…」

「そうじゃ、ミエ。わしが暮らしておったノーム族の集落、それを有するノームの小国もその多島丘陵エルグファヴォレジファートにある」

「…案外近くなんですねえ」

「近くなくば襲撃も略奪もされんじゃろ」

「…確かに旦那様のお話を伺っても村のオーク達が遠くまで出かけている様子はありませんものね。狩りも森の中だけのようですし」

「うむ」


ミエの言葉にシャミルは腕を組んで頷く。


「ふ~ん、アタシはその手の話はさっぱりわからん!」

「別にお主に期待しとりゃせん」

「なんだとー」

「やめ、これやめんか、やーめーいー!」


シャミルの皮肉への返事とばかりにゲルダの人差し指が彼女の額を幾度もつついた。


「ええい話を戻すぞ! 仮にオーク共が遠出をしておったとしても、世界樹は魔術的に保護されておる。エルフ達の儀式魔術と、世界樹自身が放出しておる天然の護りの力じゃな。魔導術や精霊魔術に疎いオークどもが神樹を隠す結界を見つけられるとは思えんし、仮に見つけられたとてそれを突破できるとも思えん。一体全体どういう経緯でこの村に来たんじゃ、お主は」


シャミルの疑問にミエが首を傾げながらも手を挙げた。


「旦那様に以前伺ったときは普通に馬車に乗ってたところを襲って攫ってきたって言ってましたけど…」

「普通の隊商をか? 世界樹の加護を得た娘じゃぞ?」

「あ、あの…お話、するの…」


おずおず、と片手を上げるサフィナ。


「サフィナ、森から連れてかれたの」

「連れて…?」

「綺麗なお花、見つけて…もっといっぱいあるかも、って思って、お花摘みに出かけて、夢中になって探してたらたらずっとずっと遠くまで歩いちゃってて、それで気づいたら森の知らないところにいて…」



ぶるり、と身を震わせたサフィナが、『その日』を語る。



「いきなりね、大きなね、大きな袋をばさっ! って被せられてね…そのまま連れてかれたの」



ミエ、ゲルダ、シャミルは口をあんぐり開けた後、互いに顔を見合わせて…

サフィナの方に向いて一斉に叫んだ。






「「「ひとさらいだーっ!?」」」






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