第35話 クラスクの成長
「ウオオオオオオオオオオオオオッ!」
激しく斧を振り下ろし、その一撃がとどめとなった。
クラスクが護衛の隊長らしき戦士を屠り、キャラバンは完全に抵抗する気力を失った。
「ヤッタダー! 流石兄貴ダ!」
近くで一緒に戦っていたワッフが興奮して快哉を上げる。
ワッフはクラスクより年下で、彼が以前から目をかけている若手である。
最近活躍の目覚ましいクラスクを兄貴分として尊敬しているようだ。
ワッフ以外のオークたちも口々にクラスクに向けて賞賛の雄叫びを放つ。
以前も述べたが根が単純で素朴なオークはこうした時素直に他者の功を讃え、嫉妬ややっかみを抱く者は少ない。
彼らの数少ない美点と言えるだろう。
オーク達から放たれる暴力的な雄叫びに怯える生存者たち。
クラスクはそんな人間どもを睥睨しながら軽く物色し、適齢期の女性がいないことを確認すると声を落とし語り掛けた。
「ゼンブ、オイテ、ユケ。ニゲルナラ、オワナイ」
「ヒ、ヒイイイイ!」
言葉がたどたどしいのは彼がオーク語ではなく
クラスクは最近ミエから共通語の言葉を教わっているのだ。
生き残りの人間ども…そのほとんどは商人とその下働きだが…は彼の言葉を聞いて尻餅をついたまま後ずさり、ぎろり、と威迫するように放ったクラスクのひと睨みをきっかけに悲鳴を上げてだばだばと逃亡した。
その情けないさまを見てゲラゲラと笑うオークども。
その内、オークにしては弓が得意なリーパグが矢を構え、その背に狙いを付ける。
逃げ惑う相手を的にしようというのだ。
「やめろ。矢の無駄ダ」
「マア兄貴がソウ言ウナラ…」
肩を竦めクラスクの言葉に従うリーパグ。
彼もまたクラスクを慕う弟分の一人である。
他のオーク達も
「ハハハ、違イネエ!」
と肩を揺すり笑って特に追撃はしなかった。
今回の襲撃で最も功を上げたのはクラスクであり、戦いが終わった後の指揮や分け前などの分配に於いて彼の発言はとても強くなる。
オーク達の言う『仕切り』という考え方である。
ほう、と内心小さくため息をついて、クラスクは周囲への警戒を保ったまま戦闘用に込めていた力を抜いた。
最近参加する襲撃において、クラスクは高い功績を上げ続けていた。
最も多くの護衛を相手にし、他のオークが苦戦する隊長格の相手を引き受けて、その全てに打ち勝ってきたのだ。
それはミエの≪応援≫スキルのサポートによるところが大きい。
毎日頬にキスされながら「頑張ってね!」と送り出されることで、彼はより活躍できるように戦闘系のステータスや判定に補正を受け、結果高い戦果を挙げることができた。
そうなれば当然他のオークよりレベルが早く上がり、ステータスや戦士としての技量が伸びる。
その上ミエの≪応援(ユニーク)≫の唯一の対象であるクラスクは、スキルの効果が切れた後も上昇した補正の一部が永続的に残り続ける。
単純に言って他のオークの倍以上の速さで強化されているようなものなのだ。
活躍するのも当然である。
…まあミエにキスされて送り出されるという行為そのものが彼を発奮させ、必要以上に頑張ってしまってはいるのだけれど、それは厳密には≪応援≫スキルの効果ではない。
間違いなく応援された結果ではあるのだけれど。
人間たちが消えうせオーク達が荷馬車に群がり倒れている馬に襲い掛かる。
乗馬の出来ぬ彼らにとって馬は「紐で繋がれて逃げられぬ狩りやすい生肉」とほぼ同義だ。
見張りを引き受けたクラスクはそんな仲間たちを見ながら少し黙考する。
果たしてこれで本当にいいのか…?
と。
オーク族は雄々しき戦士であり、戦いとなれば勇敢に戦うし、手加減もしない。
それはクラスクも同様である。
けれど最近彼が仕切った襲撃において、降伏した相手の惨殺や逃げる相手の虐殺は極力させないようにしていた。
クラスクが最も活躍し、最も多くの相手を屠ってはいるが、襲撃単位で考えれば襲われた側の人的被害はむしろ減っているのである。
それは彼がこれまたミエの≪応援(ユニーク)≫の効果により知識や判断力を上昇させ…つまり知恵をつけ、色々と考えるようになったからだ。
他のオーク達のように今さえよければそれでいい、今日の酒が美味ければよい、という刹那的な思考ではなく、未来や将来について考えるようになったためである。
自分たちの部族…ひいてはオーク族そのものが、果たしてこのままやっていけるのか?
今はまだいい。
だが人間も馬鹿じゃない。
このままこの生活を続けていたら必ず対策を立てられる。
今までのような隊商の護衛などではない、正規の軍隊が討伐にやってくるかもしれない。
そうなった時…自分たちは今日まで当たり前のように勝ってきたように、当たり前のように敗北するかもしれない。
それで…本当にいいのか?
クラスクがそこに考えが至るようになったのは無論ミエの≪応援≫で彼の知性や判断力が上昇したからではあるが、それとは別にもっと大きな要因がある。
…ミエの存在、それ自体である。
彼女との生活が楽しい。
ミエと一緒に暮らす毎日をとても得難く感じる。
だからこそそれを失いたくない。
失いたくないから…それを失いかねない懸念材料について思いを馳せてしまうのだ。
「クラスク―、コノ酒ナンダケドヨオ」
分け前について口論していたらしき他のオークどもがクラスクに相談を持ち掛ける。
「俺はイイ。お前たちでわけロ」
「ホントか! ガハハ! 悪ィナ!」
当然一番活躍したクラスクがぶんどるものだと思っていた彼らは喜んで酒を奪い合った。
そんな彼らを見ながら…クラスクは馬車の奥にあった布袋をつまみ上げ、中身を確認する。
「俺ハこっちをもらっておく。イイカ?」
他のオーク共は右手を挙げて許諾した。
クラスクが望んだそれは…彼らにとっては全く価値のないものだったからである。
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