第36話 少しだけ先を見据えて

「今帰っタぞ」

「お帰りさないませ、旦那様っ!」


はちきれんばかりの笑顔でミエが迎えてくれる。

それだけでクラスクは明日も明後日も頑張れる気がした。


「今日も持ってきた。これデいいのカ?」


食事を終え、クラスクがその日の襲撃の分け前を取り出す。

主に食料と…そしてじゃらじゃらと音のする布袋だ。


「はい。ありがとうございます……ん~、確かに。いつもお疲れ様です!」


布袋の中を覗いたミエが何度も頷いてクラスクに頭を下げる。


「別にイイ。俺強イ。イっぱイもらえル。タダそれはなんダ?」

「お金と宝石…ですね。私もこの世界での価値はよく知りませんが」

「? 価値モわからンのに欲しがルのカ」

「その…いずれ何かの役に立つかと思って」

「まあイイ。お前喜ぶならまた持ってくル」

「すいません。でもそんな無理なさらなくてもよいですから…

「構わん。ドうせみんな欲しがらんからな」


隊商が運んでいるのは食料や酒、布や陶器などの交易品が主だが、当然取引の際に使う貨幣や宝石類なども携行している。

…が、オーク達には全く人気がない。


なにせ彼らはほぼすべての種族を敵に回しているため、そもそも他種族と交易をする機会が殆どない。

同族同士、他の部族と取引をすることがあるにはあるが、そういう時には物々交換が基本である。せいぜい磨かれた獣の牙などが貨幣代わりとして使われている程度だろうか。

故に貨幣は彼らにとってなんら価値はなく、またドワーフやゴブリンどものように石に執着があるわけでもないので宝石類にも目もくれない。

要はきらきら光る石ころ程度の認識なのだ。


オーク達が隊商を襲って生計を立てていることに関して、ミエは元の世界の倫理観のせいで色々と悩みはしたが、命の価値が低い世界であること、そして自分がオークであるクラスクの妻となったことを踏まえ、現状についてある程度覚悟して受け入れていた。

もちろん変えられるなら変えたいとは思っているが、今は力が足りない。

そのための一助としてオーク達が見向きもしないこうした財貨を集めてもらっているのだ。



いつか村の外の誰かと交渉や交易をする際の助けになるように。



「う~んでもそうすると村の外の情勢に詳しい人が欲しいなあ」

「…連れテくルか?」

「そうしていただけると嬉しいですけど…難しいでしょうねえ」

「なんデダ? …ああ、そうか。そうダな」


少し考えた後クラスクは己で気づき得心した。

例えば商人を生かしたまま連れてきたとして、そのまま逃がせばきっと外で村の場所をぺらぺらと喋ってしまうだろう。

そしてそれは幾ら脅しても止められない。



だって脅した相手が言うことに従うのは、脅した当人が近くにいる間だけなのだから。



クラスクはオーク族として威圧や恫喝に慣れ親しんでおり、またミエの≪応援≫によって知力も上がっていて、結果そうした恐怖で他者を従える力の長所も欠点もよく理解するようになっていた。


村の場所が割れて人間の軍隊などに狙われたらたまったものではない。

ならば誰かを村に攫ってきて情報を吐かせるだけ吐かせて始末してしまえば後腐れなくていいのだが、ミエはそうしたことを好まないだろう。


そしてミエの好まないことをするのは、今のクラスクには少々気が引けた。

…そうしたもまた、彼の知力の向上による影響である。


「とにかくありがとうございます。大切にしますね」


ミエが手にした貨幣や宝石を分類しながら棚に仕舞う。

その様子を後ろから眺めていたクラスクは、やがて椅子から立ち上がりそろりと彼女の背後に近寄った。


「きゃっ!?」

「メシ食っタ。用事済んダ。寝ル!」

「も、もう、旦那さまったら…っ!」


視界がぐるんと回ったあと夫に抱きかかえられたミエは真っ赤になって叱るが、それが心からの怒りでないことをクラスクはこれまでので既に知っていた。


現在彼はミエの肩から首にかけてとその豊かな臀部から膝裏にかけてを両手で横抱きにしている。

いわゆるお姫様抱っこである。


クラスクはミエがこの抱き上げ方をすると殊の外喜ぶことを最近知って、己の我を通して夜の営みに向かう際によく使うようになった。

お陰で様々な体勢からミエを即座にお姫様抱っこする手練に磨きがかかっている始末である。


ミエはミエでそうした亭主の目論見に論感づいてはいるのだが、夫の厚い胸板に押し付けられるように抱きかかえられるのはなんとも心地よく、正直満更ではない。

なにせお姫様抱っこと言えば女性にとって…というか少なくともミエにとっては最高の憧れのひとつである。

夫にそれをされて嫌なことなどあろうはずないのだ。


そのまま寝室まで持ち運びされたミエは、夫が襲撃の戦利品として持ち帰った布などを敷いて多少居心地のよくなったベッドの上に投げ出され、肢体カラダをやや逸らしながら恥ずかし気にをつくる。


そして羞恥にうなじと耳朶じだあかく染め、ほんの少しだけ湧き上がる情欲に胸を高鳴らせながら…己に圧し掛からんとする夫を潤んだ瞳で見上げた。


「あの…」

「うン?」

「優しくして…くださいましね?」


とくん、とくんと高鳴る鼓動はこれからその身に起こることへの不安か、期待か。


「すルすル。すごくすル。任せロ(ムフー」

「もう、旦那様ったらそんなこと仰って…興奮なさるとすぐに我を忘れてしまうんですからー…」


少しだけ頬を膨らませたミエがこれまでの夫のについて糾弾する。

だがなじられた当のクラスクは、眉根を寄せて己の暴走を思い返し、向上した知力と判断力によってすぐにその要因に辿り着いた。




「…それは俺を興奮させルミエが悪いところもあルと思ウ(キリッ」

「わたしのせいですかーっ!?」





ミエの反論は、だがクラスクの唇によってすぐに封じられた。







その日…クラスクはその巧みな手指で妻を愛で…

ミエの≪応援≫によって、その器用度と耐久力を向上させたのだった。





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