第19話 スキル≪応援≫
(えっと、えっと、ええっと…?)
野菜なし。
調味料なし。
調理なし。
生の肉の塊を提示されたミエは流石に絶句した。
(もしかして…私試されてる?! 旦那様に試されてる?!!)
仮に試されているとしてそれは
1.果たして新妻がオーク族の食文化に耐えられるか試されている(耐え切れないと離婚)
2.果たして新妻が亭主の出した食材を美味しく調理できるか試されている(美味しくないと離婚)
のどちらなのだろうか、などと目をぐるぐるさせながら必死に考える。
…まあオークに離婚などという概念があるのならむしろそうしてもらった方がむしろ彼女のためなのだが、残念ながら彼らにはそんな風習はないし、そもそも己の立場を新婚ほやほやの新妻と認識している彼女にそんな発想は浮かびもしない。
(どうする? どうしよう?! とにかく新婚初日から旦那様に呆れられるのはダメ! ダメよ! 頑張れ! 頑張って私!)
きらん、となにかの音がした気がした。
同時にミエの頭の中が急速に澄み渡る。
彼女のスキル≪応援≫が発動したのだ。
この世界に渡る前、ミエはそのスキルの選択動機を「誰かを応援したいから」と言った。
そこには当然ながら彼女自身は含まれていない。
けれど彼女が与えられたのはあくまでもこの世界の≪応援≫スキルであって、彼女の願いそのものの具現化ではなかった。
≪応援≫のスキル種別は『通常』、副種別は[精神効果]、系統は『高揚』。
『高揚』は神聖魔術や魔導術、あるいは吟遊詩人の魔曲などでも多く扱われるありふれた系統であ、いわゆる精神系バフの一種である。
≪応援≫のスキルツリーは初期において2つ解放されており、そのうち1つが≪応援(個人)≫だ。
≪応援(個人)≫は初期レベルにおいて使い手の応援内容に応じた何らかのステータスまたは行為判定にボーナスを『対象:個人』に与える。
この対象に…実はは使い手本人も含まれるのだ。
そして彼女のスキルは無意識に発動する。
ゆえにミエの自らを叱咤するような言葉が彼女自身に応援スキルを適用させ、一時的に彼女の知力と判断力を高めたのだ。
ミエはばっと後ろを振り返り、村の様子を確認する。
村の家には煙突が付いている。自分の家にも付いていた。
それはこの村の本来の住人…おそらくは人間族…が付けたものであり、オーク達の技術によるものではないのだろう。
だが夕暮れ時が迫るその村一部で、確かに煙突から煙が出ているのが確認できた。
オーク族にも火を使う文化があるのだ。
だから少なくとも肉を焼くことはできるはず。
それでも夫が生肉を提示したのにはなにか意味があるはず…自らへの≪応援≫で補正を受けた知力でミエは推理を巡らせる。
(もしかして…生肉からビタミンを摂ってるとか…?)
この地で元の世界と同じ栄養学の知識が通用するかどうかはわからないけれど、仮に適用できるものとしてミエは話を進める。
ビタミン類は基本体内で生成できず、外部から摂取しなければならない。
そしてその多くは野菜や果物に含まれる。
けれど今日自分たちの家(自分たちの! ミエは殊更に強調した)の掃除をした範囲では、夫が野菜を食べた形跡がない…果物は多少あったけれど。
もしそれが彼の偏食でないとするならば、オーク族は野菜を食べる風習がない、或いはあっても非常に薄いと考えられる。
ということは、オーク族は野菜の代わりに肉を生で食べることでビタミンを補充している可能性が高い。
肉食獣が植物を直接食べずにビタミンを摂取できているのがまさにその理屈だし、確かエスキモーが同じようなやり方でビタミンを補充していたはずだ。
ミエはスキルによって明晰になった記憶を辿りつつなんとかそこまでは思い出す。
ただエスキモーが暮らすような北極圏と異なり、ミエが送られたこの地方は冷涼でこそあれそこまで過酷な気候ではない(あくまで今のところは、だが)。
逆に言えばそれは食料が腐敗しやすい、ということでもある。
つまり一部の家の煙突から煙が出ていて、他の家からは煙が出ていないということは、ほとんどの場合オーク族は肉を生で食べているが、腐りかけなどそのまま食べられないような状況の時だけ焼いて食べているのではないか。
そう考えると色々納得がいく。
(ただ…そうすると問題は私か…う~ん…)
肉の生食は細菌が繁殖するなど衛生面で問題があり、彼女の世界ではあまり推奨されていない。
おそらくオーク族は長い間そうした食生活を続けた結果、毒や病気にある程度耐性があるのではないだろうか。そもそも体格からして人間などより余程丈夫そうではあるし。
だが彼女はそうはいかない。
生前よりはるかに健康的な体にはなったとはいえ、こうした食生活に慣れているとは到底思えない。
下手に生食に挑戦して腹を下したり病気にかかってしまったら新婚早々夫に迷惑をかけてしまう。
(それだけは何としても阻止しなきゃ…でもどうしたら…う~ん…こら! 弱気になるな! しっかりしろ私!)
ミエはぺしぺし、と自らの頬を叩いて叱咤する。
「あ…!」
それと同時に彼女自身に再び≪応援≫スキルが発動し…
ミエの脳裏に、とあるアイデアがひらめいた。
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