第20話 すったもんだの晩御飯
ミエが小走りで向かった先は自分がさっき外に出したゴミの山だった。
どすどすとクラスクもその後を追う。
(確かこのあたりに…あった!)
先ほど床のゴミ拾いをした折、その大半は夫が放り捨てたらしき食べカスであったが、その中に枯れた草のようなものがあった。
その時は深く考えずにまとめてゴミとして処理してしまったが、もし先刻の推測が正しいならその植物は彼が残したものとは考えにくい。
とすればかつてのこの家の住人のものだった可能性が高いのだ。
(ならこれはその人たちが食べていた野菜…ううん、野草なんじゃ…?!)
この村にはなぜだか畑がほとんどない。野菜(この世界の野菜をまだ見たことがないので、仮にあったとして)も多くは取れなかったはずだ。
根菜でない限り野菜が日持ちするとは考えにくいが、床に落ちていたのは葉っぱや茎のようだった。
とするとそれはどこで手に入れたものなのか…
周囲の森の中、つまり山野草を採取したものではないだろうか。
「すいません! すぐに戻りますから!」
「オイ! 待テ!」
ぱたぱたと森に向かって駆けてゆくミエ。
今度こそ逃げだすのかと慌てて追いかけるクラスク。
だが彼女は逃げ出すどころか村近くの茂みにしゃがみ込み、日没が近い森の中、真剣な顔で何かを探し始めた。
ここにきて…ようやくクラスクにも呑み込めてきた。
もしかして、もしかしてだが。
この娘はひょっとして逃げ出す気が毛頭ないのではなかろうか。
(なんデダ…?)
解せぬ。
クラスクは藪に顔を突っ込んで何かを漁っているらしきその女が何を考えているのかさっぱり理解できず、腕を組んで首を捻った。
そもそもオーク族は感受性が乏しく、他者の心情をあまり解さない。
だから他種族の村を襲撃し、泣き叫ぶ娘どもを紐で縛り、鎖で繋いで引きずってきても大して痛痒を感じないのだ。
そういう意味ではこの娘に対する扱いは破格ではある。
なにせ本人から素直についてきたのだ。
紐で繋ぐ必要もなければ木にしがみついて抵抗しこちらの拳を使わせることもなかった。
村について狂乱したり暴れたりすることもなかった。
それどころか家について早々片づけなどを始めたものだから、鎖で部屋に繋ぐことも鞭で打って己の立場を弁えさせることも忘れていた。
なんでオーク族の子を産ませるためだけに攫ってきた娘にこんな好き勝手をさせているのか…クラスクは自分でもよくわからず眉根を顰める。
ただ改めて思い返してみれば彼女は最初から逃げ出す素振りすらなかった。
そう思えた行動も全部クラスクの勘違いだった。
だからそんな変わり者に少し興味が湧いたのかもしれない。
きっとそうだ。そうに違いない。
クラスクはその程度に結論付けた。
「あった! 旦那様! ありました! ほら、こんなにいっぱい!」
「…そうか、よかったナ」
「はい!」
土埃にまみれ、髪や服に葉や蔦を絡ませながら、両手に野草を抱えたミエが破顔する。
そんな満面の笑顔を向けられたことなどついぞなかったクラスクは少したじろいだが、けれど自分に向けられたそれは嫌なものではなくって、
よくわからぬまま彼女の体に着いた埃をはたいてやる。
どうせ夜になればこの女を抱くことに変わりはないのだし、その時薄汚れていたままでは興ざめだ…などと己を納得させながら。
(やだ…旦那様優しい…っ!)
ミエをはたく手は加減を知らぬ乱暴なものではあったが、彼女は夫の気遣いに胸をきゅんとときめかせる。
恐るべき新婚メンタルと言うべきか。
さてミエがその手に持っているのは先ほど探し出した枯れ草と同じ特徴を持った野草であった。
採取する前に軽く齧り、食べられることは確認済みである。
なにせ彼女は現在自らに対する≪応援≫により『野外知識』の判定に補正が乗っている。
食べられそうな野草を探し出したり特定したりするのは今に限りお手の物なのだ。
「日が…暮れちゃいましたね。お待たせしました。帰りましょうか」
「アア…」
当たり前のように家に向かうミエをなにか不可思議な生物でも見るような目で見るクラスク。
逃げないのはなんとなくわかった。
だがその理由がわからない。
この娘は一体何を考えているのだろう?
「あ、旦那様、調味料とかありますか? なかったらいいですけど…」
「チョウミリョウ?」
突然振り返ったミエの問いをクラスクは鸚鵡返しに聞き返す。
「う~んやっぱり難しいですよねえ…味噌は日本のものだからともかくお塩とかあるとだいぶ助かるんですけど…」
「
「あ、いえキノコじゃなくてお塩…」
家に帰ったクラスクは本来衣服を入れておくらしき箪笥の引き出しを開けて何かを取り出し、ミエに渡した。
それは真っ白でカサカサに乾いたキノコであった。
見た目は二、三本ほどの極太になったエノキダケの干物、といった感じである。
ただ手触りがやけにざらざらしていた。
「あのだからキノコじゃなくって…(ぺろっ)塩だこれ」
ミエが指についた白い粉…そのキノコの表面に付着していた白い粉末を舐めて思わず真顔になって呟く。
どういう理屈かは不明だが、確かにそのキノコからからはしょっぱい粉が噴き出ていた。
「ええ…? これ胞子…?!」
彼女の故郷では見かけない食材である。
というか塩が噴き出るキノコなどあるのだろうか。
ミエが塩、と言ったのにこれを渡してきたということは、オーク族にとってはこれが塩に類するもの、という認識なのだろうか。
しょっぱいと言っても食卓塩とはなにか風味が違う気がするけれど、なんにせよ塩があるとないとでは味付けに格段の差が出てくるので有難く使わせてもらうことにする。
「これであとは鍋に火をかけて…火…」
先人の遺した少しくすんだ金色の鍋を手にしてミエが固まる。
火…火はどうやって起こせばいいのだろう。
「火? 火が欲しいのカ?」
「うう…すいません旦那様っ! なにからなにまでっ!」
クラスクは少し黄色っぽい石を取り出して軽く打ち付け、散った火花で屑のようなものに着火して手早く火をつけて、灰の中の炭を赤熱させた。
ぺこぺこと頭を下げたミエは今度やり方を教わろう…と思いつつその上に静かに鍋を置く。
調理に用いる火は煙突の下にあった。
煙突の下というと普通暖炉を思い浮かべるが、彼らの家にあるそれは床が少し凹んで灰が溜まっており、底に炭が敷かれていた。
イメージとしては暖炉というより囲炉裏に近い。その上に排煙用に煙突が取り付けられているわけだ。
鍋を火にかけ熱したら生肉の脂身の一部をナイフで切ってそこで溶かす。
脂が溶け鍋が熱くなったらそこに肉を敷き、炒める。
軽く火が通ったら汲んであった水をそそぎ、野草を入れ、塩を溶いて味を調える。
コトコトと煮込みながら十分に熱が通ったら完成である。
それは原始的な鍋料理…
いや、世界観的にはポトフの方が近いだろうか。
新妻努力の成果である。
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