第17話 オークの集落

「ついたゾ。ここガ俺たちの村ダ」

「わあ…!」


あの人間族の少女と老人を放置して、だが馬車に積んだあった荷物は全部戴いて、オーク共は自らの集落へと戻った。

無論ミエも一緒である。


通常戦利品の娘どもは暴れたり一歩も動こうとしなかったりと実に非協力的で、両腕を縄で縛って無理矢理引っ張ったり縄でぐるぐる巻きにして肩に担いでこなければならないはずなのだが、その娘は実に素直に後からついて来たのためそうした手間は省けた。


確かにいつもよりずっと楽だ。それに言葉も通じる。

問題ない。何も問題ないはずなのだが。

どうにも妙な違和感を覚えずにはいられないクラスクであった。


…当たり前である。

彼にとっては奴隷を一人確保した程度の認識でしかないが、ミエとしては突然降って湧いた求婚を悩みに悩んだ末に受諾して新妻となったつもりなのだ。

女にとって生涯の一大決心である。クラスクのそれとは覚悟が違うのだ。


鼻息荒く、だが足取り軽く村を闊歩する娘に、彼女の夫に見立てられたそのオークは不可思議そうに首を傾げた。


さてクラスクを先頭に案内された集落は、彼女が想像していたよりはよっぽど文明的だった。

なにせ家がある。

夫の容貌や彼らの言動から、ミエはテントなり洞穴なりといったもう少し原始的な生活を想像していたのだ。


「旦那様、この家は、ええと、皆さんで…?」


旦那様、という言い方はミエがクラスクに随従するようになって使い始めた表現である。

その呼ばれ方をするとなにやら自分が偉くなった気分がして。クラスクは気分よく返事をした。


「イヤ族長ガ人間族の村を襲って奪っタ。俺がガキドッキィの頃だから俺は参加はしてないガ」

「はあ…そうなんですか」


とするとここは元々人間族かなにかの村で、それを彼らが奪ったということだろうか。

先ほどの襲撃といい、どうやらオークという種族は略奪を主な生業なりわいとしているらしい。

ミエはそう認識した。


それは彼女の世界では許されぬことではあったが、なにせここは異世界である。

法律も常識も元の世界とは異なるのだ。

むしろミエの言い分こそ彼らには戯言に聞こえるだろう。


仮にその戯言を押し通そうにも今の彼女にはとにかく力がない。

物理的な強さなり社会的な発言力なり、それらを手にしないときっとどうしようもない話なのだ。


ミエは心の中で犠牲者達の冥福を…

神様と仏様、どちらに祈ればいいのかわからず、少し逡巡した後両方に祈ることにした。

この世界にどんな神様がいるのかわからないけれど、きっと聞き届けてくれるだろうと信じて。


さてそのオークの集落…となった元人族の村は森の中にあり、周囲を鬱蒼とした木々に囲まれていた。

村には畑などはほとんどなく、あっても小さなものかつ完全に荒れ果ていて、オーク族が農耕に従事していないことは見るからに明らかだった。


ミエにはこの世界の生活事情はよく分からなかったが、立地を考えると元は林業を主体とした村だったのではないか、などと推測する。


家の数は十数件ほど。

すべて平屋である。


壁は荒土を固めたような白っぽい灰色で、屋根には日本家屋のものほど立派ではないが、原始的な瓦のようなものが用いられている。

家は小ぶりで1DKほどのアパートがそのまま切り出された程度の大きさしかない。

一方で家の周りには小屋やら納屋やら物置やらが幾つも並んでいて、総床面積ならそちらの方が大きそうである。


(この世界の人達がどういう食事をどれくらい摂るのかまだわからないけど…食べ物どうしてたんだろう、この村…?)


村の中にある畑は小さく、周囲は森ばかりで耕作地として用いられた跡もない。

人間族の食事量が向こうの世界の自分たちと同程度と仮定するなら、かつてのこの村には決定的に食料が足りていないような気がする。

仮に家の周りの小屋にかつて食肉や搾乳用の家畜を飼っていたとしても、だ。


ミエは不思議に思い首をくく、と傾ける。


森が豊かで林業と狩猟採集だけで暮らしていけたのだろうか。

ミエが見たところ森の樹木は針葉樹が多く、日本の森のような豊かさはあまり感じられないのだけれど。


それとも近くに別に村があってそこから食料を定期的に運び込んでいたのだろうか…つまりここは独立した村ではなくどこかの村が森に設けた木材採取用の《《飛び地》》のようなものだったのだろうか。


もしくは…彼女が知らぬこの世界の秘密…例えば魔術なり神の奇跡なりがあって、食糧問題を解決していたのだろうか。


色々仮説は立てられるが情報が少なすぎていまいち確信が持てない。


「なにをフクロウエムクの真似をしている」

「あ、いえ、そういうわけじゃ…」


いつの間にか他のオーク達と別れ、クラスクと二人だけになっていた。




そして彼が…一軒の家の前で足を止める。

そこが、彼の家だった。




つまりはまあ、ミエにとっては新婚夫婦の新居、ということになるわけだ。





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