第3話 獄卒か神様か
いつの間にか霧のようなものはすっかり晴れていた。
見上げれば空一面の青。地面は遥か地平線まで真っ白なまま。
けれど上に広がっているのもなにか青空、と呼ぶにはどこか違和感があった。
なんというか空というより青い天井のような感覚である。
彼女…三枝美恵の前にはいつの間にか男が立っていた。
古びた緑色のローブのようなものを纏い、深くフードを被った男性。
フードに隠れていて容貌はよくわからないが、顎周りの肌の張りから格好の割にだいぶ若い人物のようだ。
ただ外見こそ若々しく見えるがそのしぐさはどこか落ち着いていて、むしろ老成すら感じさせる不思議な雰囲気があった。
「待たせてしまったようだね。すまない」
頭を掻きながら謝罪する男を前に美恵はくく…と首を傾げた。
目の前の人物と自分はそもそも初対面のはずだし待ち合わせをした覚えもない。
彼女には謝られる理由がないのだ。
彼が自分に会いに来た理由は一体何なのだろう。
「あ…」
唐突にある理由にたどり着き、小さく声を漏らす。
「しかしこっちに来てまでそんなものに乗っているだなんて…よほど長いこと君と共にあったものなんだろうね…って、何をしているんだい?」
「えーと、あの…ど、どうぞ!」
美恵は目をつぶって、
けれどいくら待っても特に何かが起こる気配もなく、やがて彼女はそっと様子を窺うように薄目を開けた。
「…どうしたんだい、そんなに身を固くして」
「えっと、その、ここって死後の世界かな、って思って」
「ふむ」
「で、私お父さんとお母さんより先に死んじゃったから、親不孝ってことで地獄行きなのかなって、それで貴方はその水先案内人というか、死神さんか地獄の獄卒さんなのかと思って…それで…」
「ぶふっ」
「笑われたー!?」
その水先案内人とやらが思わず噴き出して、美恵は涙目になって赤面した。
「いやはや、今どきの若い人にしては珍しいというか…随分と古風な感性の持ち主だね、君は」
呆れ顔で、でもなぜか少し嬉しそうに男は呟く。
「ち、違うんですか?! じゃ、じゃあえーっと…神様?」
美恵は己の記憶を思い返す。自分が死んだことはまず間違いないはずだ。
あんなことをしでかして生きていられると思うほど彼女は気楽な人生を送ってはこなかったのだから。
だからここはきっと死後の世界。
ならば目の前にいる人物が死神や地獄の獄卒でないというのなら、もう神様かその御使いくらいしか思いつかなったのだ。
「そうだね。地獄の獄卒よりはまだ神様の方が近いかな」
ローブの下で微笑みながら彼は肯首する。
「実際そういう誤解をしたまま旅立っていく人も多いよ。本当はその端末に過ぎないんだけど僕も特に訂正しないしね」
「旅立つ? …たんまつ?」
男の言っていることがよくわらず、彼女は思わず鸚鵡返しに聞き返す。
「そうそう。僕はさっき君が言った通りの水先案内人さ。ただしこことは違う異世界への、だけどね」
男は…さらによくわからないことを、言った。
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