50話 調査依頼【2】

「そこは、ルウド…お主が使えば良かろう?」


 と、母さんは僕が風の防壁の魔法を使う事を提案してきた。

 確かに、僕はその魔法が使える。


 ただし、それほど得意ではない…しかも、母さんに、しがみついたまま魔法を制御すると言うのは、地味に難易度が高い。


 その事を、ありのまま母さんに伝えたのだが…。


「ちょッ、待ったッ!本当にコレで行くのッ!?」

「うむ…掴まっていると、魔法に集中出来ぬのであろう?

 ならば、この方法が確実じゃ。

 当然、妾ならばお主を落とす事など、ありえぬからのぅ。

 まぁ、仮に落としたとしても地上に落ちる前に受け止めれば良いだけの話じゃ。」


 母さんはそう言うと、認識阻害と不可視の魔法を発動させる。

 それに伴い、僕も慌てて防壁の魔法を発動させる。

 すると、僕の周りに球体の形になる様に風属性の膜が張られた。


 さて、ここで今の僕の状況を説明しようと思う。

 まぁ、勿体ぶってはいるが、簡単に言うと…だ、移動する為にドラゴンの姿へと戻った母さんは、徐に両手で僕を抱え上げたのである。

 そして、優しく包み込む様にし僕の身体を固定した。




 その結果、防壁の魔法を使った僕の周りに風の膜が張られ母さんが飛んでも僕に風が当たる事もなく快適な空の旅をする事が出来る様になったのだった…。


 ちなみに、風属性の膜ではあるが、母さんのてを取り込む様に展開されていて、弾く事も壊れる事もなく、その役目を全うしたのであった…。


☆★☆★☆


 数時間後、どれほどの速度が出ていたのかは分からないが、眼下の景色が驚くほどの早さで流れて行き、僕達は王都へと辿り着いていた。


 もちろん、認識阻害と不可視の魔法を併用していた為、今回は誰にもバレる事もなく無事に辿り着けていたのだが…。

 まぁ、王都の門を潜るのに、人が多くて時間が掛かったのが問題だと言えば問題だったのかもしれないが、問題なく王都に入れたのだと思う。


 そして…。


「うわぁ…人がいっぱいだ…。」


 僕の住んでいた村と比べるのは論外であるが、それでもクラウドの町と比べてしまうのは、田舎者ならではなのだろうか?

 周囲を見渡せば、人、人、人…しかも、至る所から商売人の声が聞こえる。

 やれ、何々が安い…だの、宿屋の客引きだの…冒険者の喧嘩だの…色々な声が飛び交っている。


「って、喧嘩ッ!?」


 だが、王都に住んでいるであろう住民達は、全くの無関心。

 だが、それも王都では当たり前の日常の様で、無関心なのではなく慣れているだけであった。


「まったく、アンタ達は…売り物にならなくなった物は、きちんと弁償して貰うからね?」


 と、果物を売っていたおばちゃんが、冒険者達に商品の代金を請求している。


「チッ!てめぇの所為で、余計な出費だぜ!」

「それは、こっちの台詞だ…まぁ、何はともあれ、おばちゃん、悪かったな…。」


 冒険者の方も、自分達が悪いのを理解している為、しぶしぶ代金を払っていた。

 ただし、その金額は店で売られている代金よりも、幾分、上乗せされていたのだが…おそらく、迷惑料も含まれているのだろう。

 冒険者達もそれが分かっていて、支払っている様で、素直に謝ってはいる物の負けて貰える様に交渉しようとする人もいる。


 ただまぁ…その交渉は失敗に終わったみたいで、ガックリと項垂れていた。


「お姉さん、そのリンゴ一ついくらですか?」


 クラウドの町でもそうなのだが、年配の女性に『お姉さん』と言うと、機嫌が良くなるのは、今も前世でも同じである。

 その為、冒険者達の喧嘩で機嫌が悪くなっていた、おばちゃんの機嫌を良くするのに一役買って貰う事にした。


「あらやだ、こんなおばさん捕まえて、お姉さんだなんて…そうねぇ、坊やなら銅貨1枚で良いわよ?」

「えッ!?そんなに安くて良いんですか?」


 下心があったのは否定しない…だが、思いの外、効果があった様で、半額近くの値段を掲示された。


「えぇ、特別に…ね?」

「だ、だったら…5個貰っても良いですか?」


 流石に多く買うと、その分、おばちゃんの儲けが減ってしまうので、遠慮がちにお願いする。

 ただ、おばちゃんにとって、問題がなかった様で…。


「おや?それだけで良いのかい?」

「は、はい。」

「それじゃ、銅貨5枚だね。」

「はい、ありがとうございます!」


 僕は財布から銅貨を5枚取り出すと、おばちゃんへと渡す。

 それと引き替えに貰ったリンゴの入った袋を受け取ると、母さんの下へと戻った。


 ちなみに、何故、リンゴを買ったかと言うと、冒険者達の喧嘩で地面に落ちて砕けたリンゴから、物凄く美味しそうな匂いがしたからである。


「はい、母さん。」


 僕はそう言うと、先程購入した袋からリンゴを一つ取り出し母さんに渡す。

 そして、自分用にもう一つ取り出すと、服でゴシゴシと擦り…。


『シャクリ…。』


「……美味しい。」


 リンゴ特有の少しザラザラする食感はある物の、普段食べているリンゴとは違い、梨とリンゴを足して2で割った様な食感で梨好きな僕には堪らない。

 更には、甘みたっぷりの蜜がなんとも言えない幸福感を与えてくる。

 下手をすると、前世を含め、今まで食べた中でも一番美味しいリンゴかも知れない。

 その証拠に…。


「ふむ…確かに、このリンゴは美味しいのぅ…妾も、久しく、これほど美味しいリンゴは喰うてはおらぬ…。」


 と、何年生きているかは分からないが、かなり昔から破壊神として畏れられていた母さんも笑顔でリンゴを食べていたのだった…。

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