17話 厄災との修行【1】

「え、えっと…その…修行の続き…する?」

「そ、そこまで言うなら仕方がないわね…べ、別にアンタの事が…。」


 などと、狂った事を言い出した…。

 って、言うか…ツンデレ母さんって、誰得だよ?って話である。


 そうこうする内に、母さんがドラゴンの姿から再び黒いドレスを着た人族へと姿を変える。

 やはり、こうしてみると人族の姿をした母さんは、美人だと思う。


 とは言え、先程まで落ち込んていた母さんアリスが元気を取り戻したのはありがたい。

 正直な話、今まで女性とお付き合いした事がない僕には、例えそれが実の母親とは言えど、殆ど会う事のない人(?)であるのだから、僕にとって知らない大人の女性として目に映るのは仕方がない事…。


 その為、そんな落ち込む女性を慰めると言う手段が思い付かないのである。


 それ故、ちょっと狂った発言でも、元気になったのならば…と、僕は思う事にした。


「しっかし…今の僕の身体強化じゃ、母さんの手加減しまくりの一撃でもヤバイんだな…。」

「何じゃと?お主ルウド、身体強化を使っていたと言うのか?」

「え?そうだけど…全力でって話だったから使ってたんだけど…何か問題でもあった?」


 使ったら不味かったのかな?

 だけど、結果的に、そのお陰で助かったんだから…と、言い訳を考えていると、予想外の言葉を貰う事になる。


「いや、その逆じゃ!お主、身体強化など使っておらぬではないか。

 もしや…先程、お主が魔力を纏っただけの状態の事を言っておるのか?」

「え?魔力を纏っただけ?」


 僕は母さんの台詞に、何を言っているのか分からなかった。


 それもそのはず…僕に身体強化を教えてくれた師匠…A級冒険者のアレックスさんに、身体強化の筋が良いと言われたのは、ついこの間の事…そこから自分でも更に強化に努めているつもりである。


 ついでに言うならアレックスさんと別れる時に、コレなら直ぐにでもC級冒険者になれるだろうと褒めてくれたのだ。

 まぁ、それはお世辞で言ってくれたのだとしても、この身体強化のお陰で、僕は森での狩りには、十分その効果を発揮している。


 しかし、それなのに母さんは、これを身体強化と思っていない。

 なら、母さんの言う身体強化とはいったい…。


「ね、ねぇ…母さん、僕の身体強化が、母さんの言う身体強化と違うなら、母さんの言う身体強化と言うのが、どんな物か教えてくれないかな?」


 そう、母さんが使っているのを見せてくれれば、その違いが分かる気がしたのだ。


「ふむ…一理あるのう…良いでしょう、あんな紛い物を身体強化などと思われていては、お主との契約が遂行されないかもしれませんからね…。

 よく見ておきなさい…コレが本当の身体強化と言う物です。」


 母さんは、そう言うと、『フンッ!』と身体に力を入れる。

 次の瞬間…。


『バシューーーーー!』


 すると、母さんは、僕はおろかアレックスさんですら足下に及ばないほど…明らかに別物と呼べる程の力に包まれる。


 確かに、コレが身体強化だと言うのなら、僕の使った身体強化なんか紛い物…いや、出来損ないと言っても過言ではないだろう。


「か、母さん…す、凄い…。」


 思わず口から漏れた一言…その瞬間、母さんを包んでいた力が霧散する。


「あッ…。」

「え?」

「な、何でも無いわ!そ、そんな事より、本当の身体強化と言う物は分かりましたね?」

「うん…確かに、母さんが紛い物と呼んだ意味が分かったよ。

 いや、紛い物と言うより出来損ないと言った方が良いかもしれない…。」


 それほどまでに母さんの使った身体強化と言う物は別次元の物だったのだ。


「そ、そんな事は…あるかもしれないけど、そんなに落ち込まなくても良いわよ?

 お、お主が努力して身に付けた技術も悪くない物なんだし、それに妾の使った身体強化にも役に立つのじゃ!」


 あたふたと慌てながらフォローらしき物をしてくる母さんに、『どうして、この人は落ち着きがないのだろう?』と思ってしまった。


「ねぇ、母さん、少し落ち着いてよ…。」

「えッ!?落ち着く?な、何がじゃ?

 妾は、落ち着いておるのぎゅ…。」


 『のぎゅ?』…今のって…。


「………今、噛んだよね?」

「痛いのじゃ…。」

「はいはい、母さん…ちょっと舌出して…。」

「んべ~。」

「あ~、やっぱり、少し切れてるじゃん…母さん、そのままちょっと待ってね…。

 『初級回復魔法:応急処置ファーストエイド』(×5)!」


 本来なら、応急処置の名の通り止血する程度しか回復しないが、今の僕には複数同時に発動させる事が出来るので、5個同時に発動させる。

 だけど、僕の練度ではそれほどレベルの高い効果は期待出来ないので、術式をそのまま開放し、永続させる。

 すると、5個同時に使っているからか、みるみる内に切れていた舌が完治する。


「はい、終了!母さん、もう大丈夫だよ。」

「………あ、ありがとうなのじゃ…。」

「どういたしまして。

 それで、母さん…さっき使っていた身体強化って僕にも出来るの?」

「も、もちろんじゃ…お、お主なら、いとも容易くマスターすると思う…わ…。」


 そう言って、母さんは俯いてしまう。

 ん~…母さん、どうしたんだろ?何かあったのかな?

 それに、顔が赤いし…もしかして熱でもあるのかな?


 僕はそう思い、母さんのおでこに、自分のおでこをくっつける。


「ん~…熱はないみたいだけど、母さん、顔赤いけど大丈夫?」


「お、おにゅし、い、いったいにゃにを…ぷしゅ~~~。」


 すると、今度は顔だけではなく、全身を茹でダコみたいに真っ赤にして、母さんがその場に座り込んでしまう。

 もしかして、急病なのか?


「か、母さんッ!?ち、ちょっと、本気マジで大丈夫?」

「だ、だいじょうぶでしゅ…。」


 ろれつが回らない状態だとッ!?


「い、いや、全然、大丈夫じゃないよねッ!?

 そ、そうだ…家で休んだら良くなるかも…。

 母さん、ちょっとキツイかも知れないけど、我慢してね?」


 僕はそう言うと、出来損ないの身体強化を発動させる。

 うん、コレなら大丈夫だろう…。


 今まで必死に練習して会得した身体強化に問題がないのを確認すると僕は母さんを抱き抱える。

 所謂いわゆる、お姫様抱っこと言う形である。


 とは言え、10歳の子供が大人の女性を…しかも、お姫様抱っこで抱える姿は、異様な光景なのでは?とは思う物の緊急事態だから仕方がない。

 …と、自分に言い聞かせ、母さんが地面に触れない様に注意しながら、全速力で我が家へと走り出したのだった…。

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