第66話 自分と向き合うアイスティ
お茶をいれるという、シンプルそうなことが案外難しい。
それに気づいたのは、ひとり暮らしをするようになってからだった。
緑茶をいれたら、薄かったり渋かったり。
麦茶はうっかり煮出しすぎて黒くなっていた。
では慎重にと茶さじを取り出し、茶葉何グラムといわれてもという顔になりながら、紅茶をいれる。
しかしやっぱりなんだか渋みが際立ってしまう。
極めつけに、アイスティにしようとしたら、濁った。
お手上げである。完敗を認めたその頃のわたしは、仕方なくあんまり美味しくないそれらのお茶を飲み干したのだった。
時が経って。
今のわたしは少しだけ、お茶のいれ方を覚えた。
それぞれの葉っぱに適する温度があるということ。
茶器もあらかじめあっためたり冷やしたりしておくこと。
いれ方をちょっと変えるだけで、味って案外変わること。
一歩一歩新しいことを覚えて進んでいく。あゆみの遅いわたしの腕前の上達は、地道すぎるものだけど。
長すぎない、短すぎないその時間、わたしはお茶と向き合うことを通して自分に向き合うのだ。
……なんてえらそうなことを言ってみる程度には、余裕が出来てきたのかもしれない。
「そういえば……」
「ん? どうしたの?」
「アイスティってどうやっていれれば濁らないんですか?」
あーそれはね。と星原さんがにっこりする。
割と初心者が引っ掛かりがちなところらしい。
「タンニンっていう渋みの成分が濁る原因になるから、それが少ない茶葉を選ぶのがひとつね。アイスティ向きの茶葉を」
「なるほど、アイスティ向けって書いてるのを選べばよしと……」
「それと、かならず急冷すること。氷を入れたよく冷えた器にわ〜って注いで。ゆっくり冷やすと濁るから」
といいながら、彼女は目の前でアイスティを作ってくれた。
お茶やコーヒーを供してくれる時の星原さんは、いつも嬉しそうで、それだけで魅力的なのだ。
その腕前ももちろん、いつもながらお見事である。
「紅茶を甘くするのも、濁りにくくするわよ。ということで、甘味は抜きですが、〝薫り香る泉の〟アイスティをどうぞ」
「甘いのも甘いので味がありますよね。社会人に上がる前はペットボトルの甘いのとか飲んだりしてました」
「うん。好きな組み合わせで飲むのが一番で、そのために美味しくいれる方法を知っていれば最高ってとこかな」
「簡単なようで難しいことを……」
「まあね。でも基本って、ワンポイントの積み重ねよ」
そう言ってウインクする星原さん。これが星原さんのお茶に対する……自分に対する向き合い方なんだなあと思う。
わたしは笑い返しながらアイスティを飲む。
少し暑い日も増えてきた今日この頃だ、冷たい紅茶はストローを通って、ぐーっとのどに滑り込み、潤してくれる。
独特の香りが、香って、香る。華やかな気持ちになりながら、ミルクティにするのも、レモンティも良い、それにガムシロップを入れたって、と思考がどんどん広がっていく。
結局今回はストレートティのまま飲み干したけど、ふう、とため息がつくくらい美味しかった。
体に水分が行き渡り、瑞々しさを取り戻したような気持ちになる。
「おうちでも試してみるといいよ。うまくいかなかったら、また教えてあげるから」
「そうしてみます!」
あの頃うまくいれられなかったアイスティ。
ワンポイントを積み上げてきて、少しだけ成長できた今のわたしなら、うまくいれられるだろうか。
「そのまえに……おかわりと、お手本をもう一回」
「いいよ、でも、おなかが湖にならない程度にね」
「はい!」
笑う星原さんと、笑うわたし。
ああ魅力的だなあと思う。彼女の太陽のような魅力は、一歩一歩積み重ねた自信によるものも大きいんだろう。
わたしも……。
自分と素直に向き合うというシンプルそうなことが案外難しい。
でも、向き合っていきたいなと思った。
透明に澄んだアイスティを見つめると、からんと氷の崩れ落ちる綺麗な音がする。
応えてくれたような、気がした。
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