第58話 春彩りのハーブティ

 濃いピンク。

 薄茶色。

 青色。

 薄緑色。

 赤茶色。


 透明なガラスで作られたミニチュアサイズのティーカップに、これでもかというほど色とりどりの液体が並んでいる。

 それはほかほかと湯気を立てていて、まだまだ寒い今の季節に相応しい温かさであることがわかる。


 カップを挟んでわたしの向こう側には、〝奥様〟がいる。この人はまれぼし菓子店のシュークリームファンで、アフターヌーンティーをこよなく愛する常連さん。わたしも何かとお世話になっている人だ。

 横では、ドリンク担当の星原さんがにこにこ顔でわたし達を見ている。そしてこの液体たちが新メニューなのだと説明してくれた。今年の春は新メニューや限定メニューとたくさん会えて、なんだか嬉しい気持ちだ。


「〝虹の住む庭の〟ハーブティです。小菓子を添えて」

 フィナンシェつきということに密かに喜んでいるのがバレたろうか。星原さんがウィンクをしてよこした。


 それはそうと、なるほど、ハーブティ。

 わたしはあんまりハーブティは飲んだことがないのだけれど、いわゆる〝お茶〟と違って色んな素材から出来ているのだという。だからか、こう見た段階ですでに、色とりどりで個性的で面白い。

 虹の住む庭……と言葉を繰り返していると、今度は奥様にウィンクされた。


「私の庭で育てたハーブもあるからと言って、手嶌が付けてくれたの。なかなか褒め上手だと思わない?」

「それは素敵ですねえ! 奥様の庭なら本当に、ぴったりの名前!」

「ふふ、それほどでもあるかしらね?」

 悪戯めいた顔をする彼女はとってもチャーミングなのだった。


「こちら、まずはローズヒップとハイビスカスのハーブティです」

「あっ、お花ですか?」

「そう、お花のね」

 赤、ピンクのそれがローズヒップとハイビスカスのブレンドティだという。味は……。

「ちょっと酸っぱいんですね」

 口の中になんか健康に良さそうな感じの酸味が広がる。

 酸っぱいと言っても最初の印象よりは飲みにくくなくて、口当たりは良い方。お花を飲んでいるなんて不思議な感じだ。


 次の薄茶色は……。

「カモミールティです。リラックスできるって言われているんですよ」

 ふむふむ。とひと口すすってみる。最初のに比べると飲みやすい。ふわっと優しくお花が香った気がする。

「可憐な花なんだけれど、踏まれてもへこたれないの。お嬢さんみたいな所、あるかもしれないわね」

「えへへ……」

 照れてしまった。わたしもへこたれずに、こんな風に人を癒して生きて行ければいいなと思いながら、次に。


「これは……」

 青い。

 それもかなりしっかり青いお茶……?

 なんか駄菓子を思い出すな。

「これはバタフライピーティです。こうしてレモンをいれるとですね」

 星原さんが説明しながらレモンを入れてくれる。すると、たちまち色が青から紫に変わった!手品みたい。

「SNS映えするのと、アンチエイジングに効果があると言われていて、巷では人気ですね」

「確かにこれは映えますね! 化学の実験みたいだった!」

 わたしもちょっと喜んでしまったのでわかる気はする。味としては微かな豆の味がする気がしたけど、おおむねレモン味になっている。味の個性はあんまり強くないらしい。


 そして薄緑色のは、少し口元に近づけただけですぐに正体がわかった。湯気がもうスースーしている!

「ミントティ!」

「当たりです。鎮静作用があっておいしいとわたしは思うんですけど、嫌いな方は歯磨き粉飲んでるみたいって言いますね」

「わかるかも……」

「ミントはガーデンの区分けに苦労するのよ。個性が強いというか、強靭で他の植物を駆逐していってしまうからね」

 うーん、味としても性質としても……。なんとも個性的で強烈だ、ミントって。


 最後は……?

 飲んでみるとふわっとほのかに甘い。なんだろう、でもこの甘さは不思議な、あまり体験したことのない甘さ。

「それはですね、ルイボスティです」

「名前は聞いたことがあるかも……」

 飲んだのは初めてだ。紅茶や緑茶みたいな渋みはない。独特の甘さの表現が上手く出来なくてもどかしいけど、最後はスッキリ。

「ミネラルが豊富なのと、ノンカフェインなのが良いところです」


 というところで、わたしは五種の彩りの旅を終えたのだった。

 明らかに味の違う個性的なお茶たちを遍歴へんれきしてきた。短いようで長い味覚の旅だった。


「どうです? 気に入りました? どれが良かったですか?」

「ちなみに〝虹の庭〟産はローズヒップとカモミールとミントよ」

「そ、そう言われると選びにくくなっちゃうじゃないですか!」


 大真面目に困ってワタワタしていたら、二人に笑われてしまった。

 どれもどれで良さがあって、選ぶのがとても難しい。正直に言うと、「気分による」のかもしれない。

 そう思っていると、心の中を読んだように星原さんが爽やかに笑った。


「どんな気分でも楽しめるように、これから少しずつハーブティも増やしていきますよ」

「楽しみだわ。さ、お話も弾ませましょうか。飲んでばかりではお腹いっぱいになってしまうから。ハーブは美容にもいいと言われていてね……」


 この二人も……ううん、このまれぼし菓子店を取り巻く人達は、みんなハーブみたいに個性的でちょっと癖もあるんだけど。

 でも彼ら彼女らの、その個性も含めて丸ごとみんな、わたしの癒しなんだなと思った。


 あなたみたい、といわれたカモミールティ。カップを口に持っていきながら、わたしは奥様と取り留めのない話を始めるのだった。

 桜の季節もそう遠くなくなってきた。

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