第37話 ハロウィン、かぼちゃプリン

 トリックオアトリート!

 トリックオアトリート!

 そんな声が街中で聞こえるのも、最近では珍しくない光景になって来た。


 いつの間に、ハロウィンの習慣がこんなに根付いたんだろう。ちょっと不思議な気もするけど、お祭りの一種だと思うと、クリスマスしかり、お祭り大好き日本人としてはやっぱり取り入れたくなるのだろう。

 年々仮装イベントも盛り上がるようになって、ちょっと盛り上がりすぎて問題も出てくるほど。

 わたしは仮装みたいな賑やかなイベントには縁がないけど、しかしトリートには預かりたいタイプの人間である。


 今月のまれぼし菓子店は、お菓子屋の常に則ってやはりハロウィンの雰囲気満ち満ちの感じだった。

 仮装とまでは行かないけれど、星原さんのエプロンには魔女の帽子をかぶったカボチャの、可愛いピンバッチがついている。

 手嶌さんはというと白いオバケのシールが、ネームプレートに貼られていて、これまた可愛らしい。

 お店の中の装飾も、カボチャオバケあり、コウモリあり、クモの巣のシールあり。いつもより気持ち華やかだ。


「これ皆でやったんですけど、なかなか大変だったんですよ」

「でしょうねえ! でもすごい可愛い!」

「そう言って貰えると嬉しいなあ!」

 笑っていう星原さんの飾り付けのセンスは、いつもながらなかなかのものだと思う。


 お菓子はと言うと、やはり季節柄で秋の味覚中心だけど、ハロウィン期間限定のデコレーションになっているものが多々見受けられる。

 そんなショーケースの中でも私の目に留まったのは、カボチャのプリンだった。

 陶器の器に収まった、普通より少し色の濃いプリン。コウモリの形のチョコレートが刺してあって、可愛らしい、ハロウィンらしい。


 今日の紅茶のおともは、これに決めた!

 ひとめぼれである。

「ではどうぞ、〝黄昏の誘惑〟カボチャのプリンです」

「待ってました!」


 早速とばかりに、スプーンですくう。口の中に触れた途端に、その濃厚さが効果を発揮し出す。

 かぼちゃ自体の味の良さを十二分に生かした甘さ。そしてともすれば重くなりそうなくらいに、プリンの密度が高い。するりと口に入ると言うよりは、ねっとりと絡みつくような感じだ。


 そこでカラメルのほろ苦さが働く。かぼちゃ一強の口内の雰囲気が変化するのだ。

 そのまま調和するふたつ。劇的なかぼちゃの存在感と、ほろ苦くも柔らかなカラメルの存在感。

 途中でデコレーションのコウモリチョコを口に放り込んで、お茶をすする。


 うん、いもくりなんきん、はずれなし!

 わたしは旬の味覚を相当楽しんでいる方だと思う。

 陶器の器はすぐに空っぽになった。


 秋の日はつるべおとしと言う。

 本当のつるべも井戸もみたことはないわたしだけれど、秋の日があっという間に暮れてしまうのはわかる。

 今日も、窓から差し込む日差しはもう夕暮れに近かった。

 そろそろ、家に帰ろう。


 そう思って立ち上がったところに、不意に声がかかった。

「あ、少々お待ちいただけますか」

 手嶌さんだ。そう言うと何かを手にカウンターから出てきた。

「お待たせしました、これをどうぞ」

 袋に入っているのは、いくつもの大粒の飴玉のようだ。

 これは……?

 という疑問が顔に出ていたのか。


「今日はハロウィンですので。きっと、お帰りの時に必要になると思いますよ」

「そう……ですか?? あ、でも手嶌さんが言うならそうかなって気がしてきました」

「ぜひお持ちください。サーヴィスですので」

 そう言えば、今日はハロウィン当日だ。

 今年は何事も控えめの実施とはいえ、子供たちの仮装行列にくらい出くわすかもしれない。

「ありがとうございます!」

 お礼を言って、わたしはお店をあとにした。



 なんとはなしに感じる物寂しい空気。

 斜陽。

 秋の風。

 色づき始めた草葉。

 他の季節はそんなこともないのに、秋の夕方は自然と寂寥せきりょう感をかきたてられる。

 黄昏時は、特にそんな気持ちが強くなるのかもしれない。


 そんな気持ちを抱きながら、十字路まで差し掛かった時だった。

 ふと、前から行列がやってきているのに気づいた。

 皆カボチャ頭に黒い服を着たお揃いの仮装行列で、十人くらいの子供たちだろうか。

 手にはランタンを持っている。


「トリックオアトリート!」

「トリックオアトリート!」

 彼らは口々にそう言った。

 それが景色と相まってあんまり様になっているものだから、わたしはしばらくぼーっと突っ立ってしまっていた。


「トリックオアトリート!」

 もう一回言われて、わたしはやっと気づいた。

 そう言えば、手嶌さんにもらった飴があった。

「あ、お待たせ、ごめんね。さあどうぞ。イタズラは勘弁してね」

 大粒の飴玉はちょうど十個。

 子供たちは行儀よく、順々に飴を受け取っていく。

 飴を受け取り終わると、彼らは日が傾ききって薄青となった空とともに、歓声をあげ、手を振りながら通り過ぎていく。


 ……。

 彼らが通り過ぎてしまったあとで、振り返ると、もう既にその姿は見えなかった。

 ……ほんの一瞬だったのに。

 白昼夢を見ていたような気持ちになる。

 遅れて、何故か鳥肌が立っていたことに気づく。な、なんだろう? この感覚は。


「……」

 あの子供たちは、何者だったのだろう?

 どこへ行ったのだろう?

 ゾワッとしたのはなぜ?

 あのときにお菓子を渡していなかったら?

 考えて、考えるのをやめた。

 考えてもどうしようもないことも、この世にはある気がする。


 立ち止まっている間に、空には一番星が光っていた。

 飴玉を渡してくれていた手嶌さんの顔が思い浮かんで、ほっとした。

 彼は……やっぱりなんだか不思議な人だなあと思う。

 次に会ったらお礼を言おう。

 そう思いながら、気を取り直してわたしは家路につく。風に乗って、いくつかの落ち葉が道を転げて行った。

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