第36話 スイートポテトを手みやげに
「というわけで、この週末はよろしく」
電話の向こう側で相手が答えるのを聞いてから、わたしは電話を切った。
色気のある話ではない。旅行でもない。
ただの、実家への電話である。
普段は一人暮らしのわたしだが、何も家族がいないわけではない。
今日は所用で会社の半休をとったついでに、この週末は久しぶりに実家に帰省することにした。
となるとやっぱり手みやげだなと思う。
わたしの家族はきわめて普通の人たちだが、わたしと同様に、なかなか食への執着は強い方だからだ。
……特に秋の味覚にはうるさい。いもくりなんきん、ブドウに梨。秋の味覚の類の菓子は、我が実家での競争率が限りなく高い。いや秋の味覚と言ってはみたものの、もしかして年中そんな感じかもしれない。
ともあれ手みやげとなるとやっぱり、わたしの足は自然とまれぼし菓子店に向いてしまうのである。
お店に入ると、ディスプレイ用にカボチャやおいも、栗が飾ってあって、本当に秋らしい気持ちになる。
秋の草花を使ったリースも、もの寂しげな風情があって素敵だ。これらの飾りや生けてある草花は、もちろんこの店の三人が飾り付けているのだと聞いて器用なものだなあと思う。
お菓子作りの装飾のセンスと通じるところがあるのだろうか。
さて今日ひょっこりと顔を出したのは、木森さんだった。
「珍しく早いっスね」
「そうそう。早上がりしたんですよ。それで実家にでも顔出そうと思って」
実家と聞いて木森さんがぴくりと反応する。
きっとあのインパクトの強いお姉さんを思い出したに違いない。
笑いを噛み殺しながら挨拶を交わした後で、今日のオススメを尋ねてみることにする。
「秋らしいもので、出来れば手みやげに出来るのを、味見していきたいんだけど……」
「日持ちするやつか、そうでなくてもいいやつか」
「そうでなくてもいいやつです」
「なるほど……」
一瞬だけ考えたあとで、木森さんは席まで案内してくれ、それからその品を持ってきてくれた。
「“つやめく黄金”スイートポテトです」
日持ちは明日中くらいとのこと。これは、わたしの実家はとても近いので問題ないことだ。
確かに秋らしさ全開。うちの家族の好物にも当てはまる、絶好の品だ。
「卵黄を塗って焼いてるんで、つやつやな焦げ目が出来てるっしょ」
「へー!そうなんだ!」
食べる方専門のわたしだ。
そういえば焦げ目ってそうすると綺麗に着くというのは聞いたことがある……言われてみればだけど。
おいも型のスイートポテトの表面は確かに良い感じの焦げ目がついて、つやつやしている。何よりマッシュされたおいもの、黄色が輝いてまぶしいくらい。まさに黄金! といいたくなる。
と、見た目を楽しむのはそのくらいにして……。
「では早速……」
スイートポテトを口に運ぶ。
うん。しっかりおいもの味を残しながら、さらに濃厚な甘さがある。
パサつかず、しっとりした滑らかな口触り。この滑らかさは牛乳が入っているからなのだそうな。
そして抜群の食べ応え。実においもらしく、おなかにたまる、でもそれが嬉しい。
のどに詰まる感じもやっぱりおいもらしいと思う。逆にそれが楽しいくらい。頼んでおいた紅茶でおいもを胃の中まで流してやる。
また口に入れる。コクがあって、美味しいなあという語彙のない感想が頭の中を過ぎっていく。
もちろんお砂糖は入っているんだろうけど、さつまいもそのものも美味しいおいもなのではないだろうか。
「スイートポテトは日本発祥の菓子なんすよ」
木森さんは言いながらおみやげ分を丁寧に包んでくれている。
「スフレチーズケーキと言い、意外と日本発祥の洋菓子も多いんですねえ」
すっかり外国のものだと思い込んでいた。
そういうお菓子、まだまだありそうである。
もっと語りたそうだが我慢している木森さんを微笑ましく思いながら、わたしはティーカップに口をつける。
「それにしても結構な量だな。大家族なんですか」
「うっ」
それはですね……。
口をつけかけたティーカップをおいて、わたしは両手で顔を覆う。
「おいしかったから絶対みんないっぱい食べると思って……」
そうするとわたしの分がなくなってしまうではないか!
うちの家族は好みが似ている。
わたしにとって美味しかったということは、家族にとっても美味しいということに間違いない。
でもおみやげだからといって、我慢するのも食いっぱぐれるのも嫌なのだった。
とすると量を買っていくことになる。
「食いしん坊家族なんですね」
今度は木森さんが笑いを噛み殺す番らしい。
「もう! 木森さんてばっ!」
なんだか気恥ずかしいが特に否定する要素もない。
「いいじゃないっすか、食欲の秋で」
「そう、そうですね……」
ああ、もう。またぷくぷくと太ってしまう……。
秋もジム通いに励まなくてはならないと思いながら、わたしは紅茶の残りをすする。
家族で囲む食卓にはきっともう、おなべも登場するころだろう。
差し込む斜陽を眺めながら、短くなっていく日を思う。季節の移ろいを感じた。
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