第30話 あまあまモンブラン

 ごくたまになのだけど、まれぼし菓子店の面々に休憩時間に出くわすことがある。

 前の店休日の手嶌さんしかり。星原さんとも一度あり、その時は立ち話で大いに盛り上がった。

 そして……。

 今回初めて木森さんが休憩している所に出くわした。


 今日は空気も澄んで、よく晴れて、珍しく大分秋を感じられるような天気の日だった。

 店の前に置いてあるベンチにかけて、木森さんはなにか熱心にノートに書き込んでいる。

 休憩であっても休憩でないような雰囲気……ちょっとためらったが、結局わたしは彼に声をかけてみることにした。


「こんにちは、木森さん」

「うわっ!?」

 彼はベンチから本当に数センチ飛び上がって、びっくりしていたように思う。

 悪いことをしたなあ……。そう思ったので素直に謝った。


「ごめんなさい、びっくりさせて」

「いや……大丈夫」

「休憩中ですよね?」

「ああ…………座るか?」

「はい、ありがとうございます」


 木森さんがベンチの隣席を勧めてくれたので、ありがたくかけることにする。

 ノートに書き込まれている文字がちらりと見えたので、わたしは尋ねる。


「レシピの研究中ですか?」

「ああ……秋の新作メニューを色々と」

「なるほど……」


 食欲の秋、実りの秋。

 秋のまれぼし菓子店の新作メニュー。聞くだに魅力的な言葉だ。

 葡萄、さつまいも、梨、カボチャに栗。わたしの好きなものが盛りだくさん!

 思わずよだれが出そうになってしまう。

 期待の秋だ。


「……多分あんたが好きそうなものは大概出来ると思う……っス」

 もしかすると顔を見て察してくれたのか、木森さんはノートに目を落としたままそう言ってくれた。

「嬉しい! 木森さんのオススメはなんですか?」

「どれもだけど、やっぱりモンブランが……」


 と、木森さんが言いさした時だった。


「あらっ!のぞみじゃないの!」

 そう言う女性の声がして、今度こそ木森さんは十センチくらい飛び上がったと思う。

 声の方を見ると、ロングヘアを流したいかにも快活そうな妙齢の女性が立っていた。

 女性はこちらに歩み寄ってくると首を傾げて、わたしと木森さんを交互に見る。


「隣は? カノジョ?」

「ち、ち、違う!! お客さん!」

 真っ赤になって木森さんが否定するので、なんだかつられてしまい、わたしの頬もぽっぽと温まってきた。

「あら、それはごめんなさいね、お嬢さん」

「あ、大丈夫です。あの、あなたは……」

「あたしは希の姉で木森有子って言うの。いつも弟がお世話になってます」

「いえいえ、こちらこそ!」

「姉貴、何しに……」

「何しにってもちろん、ケーキを食べにきたのよ。あんたのケーキを」

「……いらっしゃいませー……」


 と、そんなこんなで。

 何故か今日のわたしは、木森有子さんと同席して、木森さんのオススメ、モンブランがやってくるのを待っていた。

「いやあ、ごめんなさいね、あなたがあんまり可愛くて、あの人見知りが懐いてるもんだから、弟にもついに春が……とか思っちゃって」

「い、いえいえ良いんです。いつも木森さんには良くしてもらってますし、お菓子も美味しいし……」


 有子さんによると、木森家は三女一男で、木森さんが末っ子なのだと言う。

 末の弟はみんなに可愛がられており、皆に心配されてもいて、それで今回ついに店にやってきたのだとか。

「希は結構ぶっきらぼうで強そうに見えるけど、根っこがすごくシャイだからね。つい過保護になっちゃうのよ」

 アッハッハと豪快に笑うお姉さんは、なるほど木森さんとは全然タイプが違うように思える。お姉さんたちは皆こんな感じらしい。

 なんとなく木森さんの家の力関係がわかったような気がする……。


 そんな話をしていたところで、モンブランが運ばれてきた。

 日本のケーキの定番のひとつと言っていいだろう、モンブラン。名前の由来はフランス語で、白い山を意味するんだとか。

 確かに栗で出来た薄茶のクリームの上には、粉砂糖がかけられていて、山の上の雪のように見えなくもない。一番のてっぺんには、マロングラッセ。


 運んできてくれた木森さんが言う、

「……“まれぼしの秋”モンブランです」

 その名前からするに、まれぼし菓子店でも秋の看板メニューってことなのだろう。


「へえー、美味しそうだわ、早速いただくわね」

 と言う有子さんを、木森さんは緊張の面差しで見守っている。

 わたしもなんだがつられてハラハラしてしまう。

「……ふうん」

 モンブランを一口、口に運んだ後で、有子さんは頷き、その後無言で二口三口と食べ進めていく。

 そして完食すると、カチャリとフォークを置いた。


「希」

「な、なんだよ」

「美味しいじゃない」

 そう言った時の有子さんの笑顔はまるで花のように艶やかで、誇らしげだった。

 木森さんは……赤くなってうつむき、おう、とか、ああ、とか小さく言っていた。


「おみやげにモンブランつつんで頂戴。パパとママとあたしたちの分とあんたの分で、六つね」

 そしてテイクアウトの用意が整うと彼女は席をたち、

「お嬢さんも付き合ってくれてありがとうね。楽しかったわ。希のこと、これからもよろしく頼むわね」

「あっ、はっ、はい!」

 彼女はわたしの分のお会計も払ってくれて、颯爽と店を去っていったのであった。


「木森さん」

「……ああ」

「お姉さん、すごいね」

「…………ああ」

 すっかり圧倒されたわたしたちは、静かに頷きあったのだった。


 さて、と気を取り直してモンブラン攻略に着手する。まず上のマロングラッセから。優しい甘さの栗は、モンブランという山の象徴に相応しく頂上にある。

 そして栗のクリーム。ほのかな粉砂糖の風味から始まり、それが栗の存在がしっかり感じられるような、独特の風味としっかりとした甘さに変わる。

 その下には、山は一枚岩ではないぞと言うかのように、スポンジとクリームが存在している。

 ふわっとしたスポンジの食感。クリームのプレーンで優しい甘み。

 決して有子さんの身内びいきではない、木森さんの間違いないお菓子作りの腕前。

 うんうん頷きたくなる、納得の味だ。


「……美味いか。良かったっス」

「顔に出てました?」

「ああ、おまけにうなずいてた」

「それだけおいしかったってことですよ、まれぼしの秋は」


 それにしても、有子さんは……それにきっと他のお姉さんたちも、末っ子の木森さんには甘々のデレデレなんだなと思った。

 そう、ちょうどこのモンブランみたいに。

 わたしは最後の一口をパクリと食べる。

 口の中に広がる秋。これからも存分に満喫したい季節の到来だった。

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