第6話 ココアと湯気
久しぶりの友達にあった。
高校時代からの親友たちとは、今では住まいもそんなに近くない。勤めている会社も業種も違う。なかなか時間も合わない中で、やっと三人揃って会える日が今日だった。
たった数年で大きく変わったね、などと話しながら、でもわたしたちの友情は永遠に変わらないねと
みっちゅんは外資系でOL。わたしよりも忙しそうで、雰囲気もちょっと変わってバリバリのキャリアウーマン(死語か?)という感じ。
ゆっきーは夢だった保育士さんになり、おっとりさは変わらず、でもしっかりさを身につけた感じ。
わたしは? わたしはどうなのだろう……それはまだちょっとわからないけど。二人にどう見えたのかも、分からないけど……。
学生時代から変わっただろうか、二人のように進歩できただろうか。積もる話の中で、小さな小さな不安が生まれるのは否定できない。
だって二人とも本当にすごいから!
とにもかくにもお喋りは尽きなくて、楽しいランチの時間はあっという間に過ぎていった。まるで学生時代のお昼休みのようだった。あの頃も三人揃えばびっくりするほど早く時間が過ぎていくものだった。
そうそう、手土産にはもちろんあの店。〝楽しみを歌う〟焼き菓子のアソートで舌鼓を打ってもらうことにした。
場所を移しての長話のお茶も終えて、あたりはすっかり夕方の温い空気に包まれている。今日はもう少し外にいたい気分だ。
わたしたちが高校生の時代と変わらない、眩しい夕焼けが遠くに行ってしまうまで。
建物も人の立場や仕事も、どんどん変わっていってしまうけど、この春は変わらないでやってくる。いつかどこかで浴びていたのと同じ風に、目が細くなる。
自然と足はまれぼし菓子店に向かっていた。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは星原さんだ。お腹はいっぱいだしどうしようかなと、メニューを見ながら悩んでいると、わたしの表情を見たのか彼女はこう勧めてくれた。
「ココアはどうですか?」
「ココア。ちょっとおなかいっぱいなんですけど……いけるかな?」
意外な選択だった。星原さんはいつも的確に飲み物を選んでくれる。今回ももうちょっとサッパリしたものをチョイスしてくれるものだと思っていた。
「うん! うちのは結構甘さ控えめなので。それに今の顔みてたらそれが良さそうに思えましたよ」
また何か顔に出ていたんだろうか……。
しかしせっかくオススメしてもらえたのだからと、私は素直にココアを頼むことにした。
店内の客は二、三組。静かな音楽が流れていて、時折観葉植物の葉が風もないのにゆれている。
夕焼けのなかショコラフレーズを買っていくお客さんもいる。
窓硝子から夕日が差し込んで、光彩は床に自由な模様を描いている。
いつもの時間。落ち着く時間。
カウンターでは、星原さんがココアパウダーを練ってくれていた。ミルクパンに温められたミルク。良い香りと、コトコトという音が心地よい。
ドリンク担当と接客担当というだけあって、星原さんのフットワークは軽い。温めながら絶妙のタイミングで生クリームをホイップしに行き、ココアが出来た瞬間にデコレーションしてしまう。
ちょっとおしゃべりな彼女の中の、しっかりとした職人の部分だ。
「おまたせしました。〝寄り添う温もり〟ホットココアです」
「ありがとうございます!」
やってきた、ホットココア!
早くも溶けかけた生クリームが浮いている。チョコでニコニコマークが書いてある。
「ホットココアって今、うちで結構人気あるんですよね」
「そうなんですか?」
「まだまだあたたかいものがおいしい寒さの日があるから」
でもそれだけじゃなく、〝あたたかいもの〟が恋しい日もあるから、と星原さん。
その言葉が胸の空きスペースにすとんと嵌った。
寄り添う温もり。そういうことなのかもしれない。
ココアにはココアで、コーヒーや紅茶とまたちがう優しさがある。
ほどよいココアの甘み。確かにまれぼし菓子店のココアはそれほど甘すぎなかった。
そしてさっきまで目の前で丹念に作られていたものだからこそ余計に愛しく感じる。ココアを作る時間込みで頂いている、という感じだ。
生クリームの冷たさが初めにやってきて、優しいココアの甘さへとだんだん変化していく。
おなかにふんわりと落ちて、落ち着く。温かくわだかまる。
やがて生クリームもココアも等分な温かさになり、ほどよい温かみが喉を通っていくようになる。
「今日、高校の時からの友達と会ってたんですよ」
「あら、それはいいわね。あたしにも学生の時の仲のいい子いるんだけど社会人になるとなかなかねえ……」
「会えないですよねー 」
「ねー。忙しくって……いつの間にか時間が経っちゃう」
今日の話も自然と唇からこぼれ落ちている。誰かとこうやってのんびり話す時間を、素敵なランチのしめに欲しかったのかもしれないなと思った。
ココアの湯気が舞う。
「今日は楽しめた? って聞くまでもない顔してるわね」
「はい。おしゃべりが尽きなくて……」
「やっぱりいいものよね、友達って」
「あの……ところで、わたしそんなにわかりやすい顔してますか」
なんだか恥ずかしくなる。
ええとっても、と星原さんは笑っている。
「でもそれって悪いことじゃないのよ。こないだだって、あなたの表情を見て、木森はブレイクスルーしたみたいだし」
「はあ……木森さんが?」
マカロンの時の話なのだろうけど、いまいちピンと来ないわたしであった。
「ま! 御託は並べないことにして! そのままのあなたでいいってことよ!」
そう言って貰えたのは社会人になって出会った人からでは初めてで、胸からなにか込み上げるものがあった。
慌ててココアと一緒に飲み下す。
温かい、気持ちになる。
今日は、春だけどあたたかいものが恋しい日。
まだ熱の残るカップを両手で持ちながら、星原さんとお話しながら、わたしは久しぶりに会った親友たちのことを思い返していた。
後日談。
友人たちからあまりにも大評判だった手土産のお菓子の店に、学生の頃のように三人でおしかけたのは、それからそんなに時を経ずしてのことであった。
お店でたっぷりお菓子を食べて、楽しみを歌う気分になったのは、言うまでもない。
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