第十二章「花屋の思い2」
ボーダーの店内にはシィが一人でいた。
シィはカウンターやテーブルの上に、様々な光るガラスの結晶の玉を並べていた。それを一つ一つ確かめる様に手の平に乗せて見ている。店内には、様々な光が舞うように飛び交っていた。
「シィ、おはよう」
「おはようございます。エムル、ご苦労様ありがとう」
「うん」
「ところで」
「ごめんちょっと待って」
シィはいくつかの結晶の玉を比べる様に見ている。エムルが言った。
「スキナベさん、紅茶飲む?」
「うん、いただこうかな」
カウンターやテーブルは、シィが並べた結晶の玉に占拠されていた。スキナベとエムルは仕方なく壁にもたれかかって紅茶を飲むことになった。二人は、並んで光の渦の中にいるシィを見ている。
「うん、エムルもロッソじいさんに負けないくらい、紅茶を上手に入れられるんだね」
「へへ、ロッソじいさんの入れ方をいつも見ていたからね」
二人で壁にもたれて紅茶を飲んでいた。スキナベは、たったそれだけのことが、とても懐かしい事のように感じた。
「あった!」
スキナベもエムルも飛び上がるほど驚いた。シィの大きな声が、溢れんばかりに店中に響いた。スキナベとエムルは顔を見合わせて笑った。二人の顔が飲みかけの紅茶でびしょびしょになっていたからだ。
「ほら、見つけた」
「何を、見つけたの?」
スキナベとエムルは紅茶を持ったまま、シィの傍に寄った。
「スキナベさんのバイオリン。それに似た感覚の……。ごめん、ごめん。ちゃんと説明するね。エムル、他の子たち片付けてくれる?」
「うん、わかった」
エムルは結晶の玉を、一つ一つ丁寧に駕籠や入れ物に入れて行く。それを棚に並べて、置いて行った。カウンターの上の結晶たちは、全てもとの場所に戻り、小さな光に戻っていた。
「スキナベさんもエムルも、よく見ておいて」
カウンターの奥にシィが、椅子にエムルとスキナベが座った。
「この街は、死んで行くあの世と生きる人がいる現世の間にあることは言ったわよね」
「……」
「そして、この街には、人とその人の思いや記憶が詰まった魂の宿ったモノたちも来る事は知ってるでしょ。たとえば、エムルもその一つなの。エムルは小さい男の子についてきちゃったの。男の子は結局生き返ることは出来ずにあの世に召されて行った。だから、エムルは、帰るところが無くなった訳よね」
「うん、そうだよ」
エムルは淋しそうに答えた。スキナベはエムルの頭を撫ぜた。そして、肩に手を置き、エムルを抱き寄せた。エムルは、スキナベを見上げる。零れそうな涙が光っていた。
「ただ、ついてきたモノ達が、エムルの様に人の姿でこの街に現れることは本当に珍しいわけ。何かの役目を与えられたのね。ノリエは郵便屋で、エムルはボーダーの店番かな」
エムルは、何かを思い出しているようだ。
「昨日会った女の子。今朝もボーダーの前であそんでいたわ。ただ、あの子の役目がわからないの。昨夜、スキナベさんが帰った後も、ずっとそれを考えていた。ロッソじいさんの小鳥のことやエムルのことを考えているときに、あの女の子と同じ感覚の結晶があったのを思い出したの」
「それがこの結晶なのですか」
「間違いないと思う。たぶんあの子と同じ時代を生きて、同じ人に接していると思う」
「もしかしたら、僕の知らないことも、知っているかも知れないってことですか?」
「うん、それもあるけど、もっと違う何かが、見つかるかもしれない。そう思う。私はこの子を呼び戻してみる」
スキナベは、頷いて聞いていた。
「ひょっとしたら、これが私の運命かもしれない」
シィは小さく呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます