第六章「配達される手紙」

 柔らかい日差しの夕陽を受け、ボーダーはぼんやりと輝いていた。

 街並木の影が長く伸びている。風も無く、鳥たちが何かを話しながら飛び回っていた。

 木製のドアに付けられた鐘がカランと小さく鳴る。店内に一人でいたエムルが振り向いた。

「ノリエ、いらっしゃい」

「……」

 ノリエはとぼとぼとカウンターまでやってきて、ドスンと椅子に腰掛けた。

「どうしたのさ、ノリエ」

「……」

「ノリエ?」

 ノリエはカウンターに覆い被さるようにつっぷする。

「ねぇ、ノリエ?」

「エムル、お水」

「え、うん。はい、お水」

「ハンカチ」

「はい、ハンカチ」

 ノリエはエムルからハンカチを受け取ると、力いっぱい鼻をかんだ。

「あぁ、もう、ノリエ」

「ごめん、返す」

「いらないよ、もう」

 エムルは、ハンカチを指先でつまんで、掃除バケツの中に落とした。ノリエはエムルに出された水を一息に飲んだ。

「エムル、ロッソじいさんは?」

「出かけているよ。いつもの所じゃないのかな」

「そう……」

「どうしたのさ」

「いつものことだけどね。やっぱり私のお役目はつらいのよ。分かる? エムル」

「何だ、いつもの病気ね。で、また失恋?」

「なんだ、とは何よ! この可憐な乙女に向かって」

「だっていつものことだもん。どんなに好きになってもこの街じゃすぐにどちらかの世界に行ってしまうんだから、それはどうすることもできないんだから」

「分かっているわよ、そんなこと! 分かっているんだけど、仲良くなると別れるのが辛いのよ」

「で、今日は誰?」

「言えない!」

「どうしてだよ、教えて、ね、ノ・リ・エ」

「ダメ!」

「ケチ、いいもん、どうせすぐ分かるんだから」

 エムルはプイっと背中を見せてしまった。

「でもさぁエムル。私たちはどうなるんだろうね。どうすれば一番いいのかな」

「そんなことは知らないよ。ノリエも僕も結局は一人になっちゃったんだから」

「そうよね。残されちゃったんだもんね」

 また、カランと鐘の音と共にドアがゆっくりと開いた。

「じいさん」

「おぉノリエ、来ておったのか」

「いつものとこ?」

「ん? まぁのう」

 ロッソはいつものようにカウンターの中の椅子に腰掛けた。愛用のパイプをポケットから取り出し、専用の器具で掃除を始めた。留守番が済んだエムルは、ロッソと入れ違いに外に遊びに出かけて行った。

「はい、これ」

 ロッソはパイプ掃除の手を休め、ノリエの差し出したものをちらりと見た。

「ワシにもとうとう来たようじゃのう」

 パイプから吸殻のゴミを取り出し、新しいタバコの葉を詰め込む。

「どっちに行くのか、気にならないの?」


 詰め込んだタバコの葉を指で押さえ、そして火を点けた。紫の煙と共に、あたりは芳醇な優しい香りが充満した。

「この年じゃて、行くところは決まっておるよ」

 ゆっくりと深呼吸をするかのように、ロッソはパイプのタバコを楽しんだ。

「そんなものなの?」

 紫色のパイプの煙がロッソを包むように漂っている。蓄えた顎鬚を手の平で確認するように触り再びパイプをくわえた。



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