第五章 「蘇る記憶」
少女はいつのまにかドアの前にしゃがんでいた。
そして、背中を向けて囁いた。
「あなたのお家よ。思い出した?」
スキナベは微かな記憶の中にその家があった。
「あ、うん。そうだ。ここに僕は住んでいた」
スキナベは視線を上げ、家全体を見わたした。確かに自分が住んでいたはずの家だった。しかし、家が見付かった喜びより、胸の中が熱く悲しみを広げた。
「でも、どうして君が」
視線を落としたとき、少女の姿はまた霞のように消えていた。
スキナベは、ドアの前に立って、そっとドアノブを引いた。
ドアに付いていた小さな鐘がカランと鳴り、音と同時に外の光が部屋の中に広がる。霧の中の記憶に同じ光が差したように感じた。
入り口を通り、中へ入る。窓から差し込む光の帯が、部屋の息吹を呼び起こすようにキラキラ輝いていた。
窓辺にテーブルと椅子があり、いつの間にか、少女が椅子に座っていた。背を向けたまま少女はゆっくりと椅子にもたれ、窓の外を見ている。少女の身体は窓からの夕陽のためか、オレンジ色に輝いていた。
少女はまるで独り言に様に話し始めた。
「探していたの」
「……」
スキナベは窓辺から少し離れ、壁に飾られた絵を見ていた。どこかの教会を描いた絵。この時と同じ、夕日に映し出された絵だった。
「真っ暗だったわ。光の一筋もない本当の真っ暗だった。どこへ行けば良いのかもわからなかったの。でも、当てもなく歩いた。きっと、どこかにたどり着けると信じて歩いたの。でも、歩いても、歩いても、何も変わる事は無かった。何も見付けることは出来なかった」
スキナベは、絵を見ながら、じっと少女の話しを聞いていた。どこかの教会。懐かしいような、悲しいような。記憶が深い意識の底に沈んだまま。
少女は小さくため息をついた。
「もう、歩く力も気力もなくなりそうになった時、遠くにほんの小さな光が見えたの。小さいけど確かな光。一生懸命追いかけたわ。躓いたり、転んだりもしたけど、一生懸命追いかけた。でも、追いかけても、追いかけても、追いつけなくて、手が届きそうなのに届かなくて、もう諦めようって思った時、私は光の真ん中にいた。優しく温かい光。知らないうちに涙が溢れて、とても幸せに感じた。もう、離れない二度と離れないって心に誓った時、突然光が消えた。また、真っ暗なもとの場所に戻ってしまっていた。幸せな気持ちが悲しみと淋しさに変わり、温かさと優しさが、辛さと怯えに変わったわ。しゃがみこんでもう終わってしまったって思った。その時、手の中に小さな光の玉があったのに気がついたの。もう光のほとんどをなくしてしまったけど、ほんの少しだけ、今にも消えそうな光の種が残っていた。これを消してしまってはいけない、この光を終わらしてはいけない。そう考えたら、私はこの場所にいた。そして、あなたに会うことができたの」
少女の身体はオレンジ色に輝きだした。夕陽の輝きではなく、少女の身体そのものが輝きだしていた。ゆっくりと少女が振り向こうとした時、少女の身体は、夕陽の中に消えていった。
スキナベはただそれをじっと見つめていた。いつか解らない以前、この部屋でこの場所で感じたことのある感触を確かに感じていた。
スキナベの記憶の中に、ほんの小さな光の帯が差し込んだ。
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