第三章「名の無い少女」
スキナベは石畳の細い坂道を歩いていた。住宅街だろうか、『閑静な』 と言う言葉がとても似合いそうだ。街路樹が並び、枯れ葉が道を彩っている。立ち並ぶ家には庭があり、花や木々が茂っていた。しかし、誰一人いない。物音もなにもない。
坂道はどんなに背伸びをしても、坂の向こう側は見えない。
「この道、どこかで歩いたような」
坂の上から黄色の大きな柔らかそうなボールが転げてきた。スキナベの前で数回弾むとすっぽりと手の中に収まる。猫が飼い主の手の中に納まるような感じだ。
ボールの持ち主を探そうと視線を上げた時、スキナベはいつのまにか坂の頂上に立っていた。色とりどりの街路樹や建物が遥か遠くまで続いている。ピンクや黄色・薄い緑の雲が空に浮んでいる。記憶の中には無い不思議な風景だが、感覚的には違和感は無かった。
「おじさん」
スキナベは驚いて振り向いた。
気付かぬうちに、真後ろに少女が立っていた。大きな幅広の帽子をかぶり、手には水色の風船を持っている。帽子の影になって顔は見えない。
「私の……」
「ああ、ごめん。君のボールだったのかい」
スキナベは大きな黄色のボールを少女に差し出した。少女の手がボールに触れた瞬間、泡の様にボールは消えてしまった。
「あっ」
「いいのよ。もともとはあなたのだから」
「えっ?」
「ねぇ、お家見つかった?」
少女は大きな帽子の向こうから訪ねた。
「え、いや、まだだけど」
「ふーん。じゃあ、これもあげる。風船。思い出すから」
少女から風船が結んである糸を受け取った。
水色の風船がほのかに輝く。そして、風船だけがまた消えていった。スキナベの手の中には細い風船に繋がっていた糸だけが残っていた。
「ふふふ、お家教えてあげる」
スキナベは、風船の糸をポケットに入れ少女に聞いた。
「僕の家を知っているのかい?」
しゃがんで顔を見ようとした瞬間、少女は後を向き、背中を向けた。
「ついてきて」
少女は跳ねるように坂道を下って行く。スキナベはその後を追いかけた。
大きな実の付けた街路樹を曲がると、遠い記憶の中に沈んでいた小道にでた。
「ああ、この先は」
声を掛けようとした瞬間に、少女の姿は忽然と消えていた。
「あ、……」
大きな実をつけた街路樹がカサッと音を立てた。
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