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そのまま流すように午後の時間が過ぎ、部活にも入っていない僕はすぐに帰る。今日も校門で兎が待ち伏せしている。
「今日はどこ行くの?」
「ビジネス街にでも行こうかな、新年度が始まってからだいぶ経つし、心病んでる人くらいすぐに見つけられるだろうから」
「ふーん」
「お前はどうするんだ?」
「いや、クラスメイトの子からいい匂いがして、帰り道にでも襲おうかなと思って」
『匂いなんて感じないけど』と思いながら、今日したいことを考える。
人間の内は毎日が目まぐるしく動いているように感じていたけど、時間軸が変われば世界観は大きく変わる。吸血鬼は基本的に不死身である。永遠の時間の中で一日を特別に思うことなんてない。ただ、誰かから血を吸わないと生きていけないので、一日一回誰かから血を頂くだけである。
学校からしばらく歩くと僕は兎と離れて駅前の方へ歩いて行った。軽く飛翔して高層ビルの上でうたた寝していると屋上へのドアの開く音がする。このビルにいて屋上のドアが開いたことなど一度もない。
視線をドアの方へ向けると疲弊した表情のサラリーマンがいた。そのまま柵に近づいていって乗り越えようとしている。やっぱりいた。今日のご飯にスタスタと死なれては困るので話しかける。
「オイ、お前何してんだ?そんなとこ居たら危ないぞ」
「別に危なくなんてないよ」
振り返るそいつの目は焦点が合っておらず、ほんとに気が狂っているという感じだ。まぁ、無視して話を続けるけど。
「何言ってんだ?そんなとこから落ちたら死んじゃうって言ってんだけど」
すると、嘲笑しながら反論される。
「バカなのか?お前?こんなとこに居て死にたくない奴なんているわけないだろ」
「で、なんで死にたいんだ?」
おおよそ予想はついているが、そういう雰囲気かな~と思って聞く。
「俺はさぁ、この世界に生きることに疲れたんだ」
「ストレスためながら生きてて、もう耐えられなくなってってやつか」
よくあるやつだなと言いかけたが、心に秘めておく。死なれては困るのだ。今日の晩飯が無い。
「よくあるやつ?かもな」
どうやら、声に出していたらしい。これからは気を付けなければならないな。そしてこれまたあるあるの自殺の弁明を始める。
「でも、もうめんどくさいんだ。からかって無理難題吹っ掛けてくる上司も、生意気でいうこと聞かない部下も、わがまましか言わないで勝手にいなくなった婚約相手も、全部もうどうだっていいんだ。いなくなったて誰も悲しまない。むしろ、喜ぶやつだっている。なら、もう死んじまう方がいいだろ」
周りへの勝手な悲観を語るかと思ったら、そいつらの為に死にたいなんて、思考が働いてなさすぎる。こんなやつが死んだところで本当に社会への影響は皆無だろう。だが、今日の晩飯だ。どうにかしなければならない。
「お前はストレスを感じたくないから死にたいのか?なら死んでもストレスは消えないから意味ないぞ」
「なに言ってんだ?死んだらもう何も感じないだろ?」
「何も感じ無かったら、死んだときに抱えてた感情を永遠に感じたままになるってことなんだよ。そんな魂を救う奴なんてどこにもいない。お前は本当の孤独を強烈に感じながら人間の時間軸で永遠を過ごさなければならないんだ。救われることなんて何にも無いんだよ」
するとちょっと面食らった顔で反論してくる。
「嘘だろ?自殺を止めたいからってそんなはったり聞かないからな」
さらに畳みかけるように、今まで感じていたストレスより、強烈な恐怖を与える。
「ちなみに言うと僕はもう死んでるんだ」
そう言って首の動脈をナイフで切る。男はあっけにとられていたがそんな傷も十秒もしないうちに治る。まぁ、あふれ出た血はそのままだけど。
「ほら、分かっただろ。僕はもう人間じゃないだ。生きてないんだ」
男の顔は真っ青になり、後ろに退いている。勿論、柵の外で後ろに行けば足を踏み外して落下する。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー」
という無様な断末魔を聞きながら、やっぱり死にたくなかったんだなと思う。
(実際にはあまりの恐怖を浴びすぎて、違う意味で叫んだいたのだが)
僕の手には二つの林檎がある。真っ黒な林檎と真っ赤な心臓のように脈を打つ林檎。真っ赤な林檎の方の鼓動が一気に弱くなった。落下したのだろう。だが、生命力ごと血を奪ったのでこれを返せば彼は無事だろう。折れた手足の一本や二本は飛び降りようとした代償だ。安いもんだろ。
その後を追いかけるように真っ黒な林檎をかじりながらビルから飛び降りる。
降りた先の地面は騒然となっている。そんな場所に開いている場所などある訳も無く、仕方ないのでその男の上に直立したまま着地する。そして真っ赤な林檎を男の体の心臓のあたりに突きつける。すると、林檎が小さく爆発して紐のように分離し、血が元めぐっていた場所に蛇のような挙動で帰っていく。そして男は意識を取り戻す。
「どうだ?一度死んでみた感覚は?」
男は恐々としながら片足を引きずって、片手を抱えながら、何も言わず走り去っていった。その血は今まで食べた中で一番まずい林檎だった。自殺したくなるほどに病んでいるのも頷けた。
「おえぇ」
流石の僕でも不味過ぎる。
そのまま、何もなかったように僕はその場を立ち去った。
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