第6話
しっかり炒飯大盛り食って、ついでに餃子まで食って、そのほっせぇ身体のどこにそんなに入るんだと思ってるその間に最低2回、ハルさんのスマホが震えていたのは知っているけど、本人がチラ見しただけでシカトしていたので何も言わなかった。
電話だとして、出ないってことは、バイト先でもなければ「しょうたろうさん」でもないってことだ、多分。
あの表情が何を言わんとしているのかは、考えないことにした。
ハルさんがトイレに行ってる間に俺は、すぐ側にあった店で茶色い革で出来た細身のブレスレットを買った。
ベルトみたいに穴がいくつか開いていて、サイズが分からなくてもなんとかなりそう。
別にお揃いが欲しいとかじゃない。
似合いそうだなって、思ったから。
帰り道、人の少ない一両編成の電車の中で、緑色の骸骨が入った紙袋を大事そうに抱えながら、ハルさんは俺に凭れて満足気に爆睡してしまっている。
効きすぎる冷房の中、まだまだ明るい夕方、見たことあるようなないような景色が目の前を順番に流れていく。
知らない地名ばかりに揺られながら肩の重さに問いかける。
なあ、あんたは、今までどんな人生を送ってきたんだ。
どんな出会いをして、どんな経験をしてきたの。
知りたい。
あいつはあんたにとって何。
俺は、あんたにとって、何。
「ちはる、さん……か」
はいどうぞ、と、帰ってからごく自然な感じで包装のままプレゼントを渡すと、ハルさんは不思議そうな顔をしながらビニールテープを丁寧に指で剥がした。
それから中に入っているものを手のひらに取り出して、一言「なにこれ、手錠?」と聞いてきた。
なんでだ。
「ブレスレットだよ! どうやったら手錠に見えるんだ」
「はは、冗談だよ。なにこれ、俺にくれるの?」
「うん、あげる。似合うかなって思ったから」
「へーえ、いつの間に買ったんだ。ありがとな。なあなあ、はい」
そう言って、ハルさんは嬉しそうにわくわくしたような顔で俺に左手を差し出す。
「つけて、ここに」
言われて、素直にブレスレットを受け取ってその手首に茶色い革を巻き付ける。
丁度良さげな穴を探しながら、ああなんか、本当に手錠みたいだな、とぼんやり思う。
しっかり繋ぎ止めておきたい。
自分のものだって主張したい。
無意識だったにせよ、昼間のあの男を派手に意識したのは明らかだ。
……みっともな。
「ほっせぇ手首」
「違うよ、お前のがゴツいの。似合う?」
「うん。似合う」
目があって、猛烈に、ハルさんとキスがしたいと思った。
この人を自分だけのものにしたいと思った。
この人が、自分のことでいっぱいになればいいのに。
「……んん……、」
もっと
「ん、ふ、っは、」
もっと
「は、たか、の……、はあ、っ」
もっと。
「ハルさん……」
「お前が、がっついてくるから、……」
自主規制!!
「ゴム要る?」
「ゴムは要る」
「中に出したら駄目?」
「出したらその後どうなるか、たまには俺がお前に突っ込んで教えてやろうか」
「うん、ごめん。ゴム持ってくる。あとさ、」
「なに?」
「ちはるさん、って、呼んでいい?」
「………………嫌」
カットォーッ!!
なあ、なんでちゃんと名前呼んだら駄目なの。
あいつは呼んでたのに。
俺は彼氏じゃないからか。
そこがあんたの線引きな訳?
聞きたい聞きたい聞きたい聞けない。
そんな押し問答で頭の中がいっぱい。
ここもカーット!!
「あいつはさ、俺をこんな風にした張本人だよ」
と、ハルさんは布団の端に寝転がったままティッシュを大量に引き抜いた。
布団のど真ん中を自分で盛大に汚してしまって、自分もゴムつけとけばよかったとぼやいている。
俺はそんなハルさんの尻を拭いてやる。
「あいつ?」
「昼間のさ、買い物してたら会っただろ。あいつだよ」
「あー、確か……じん、て呼んでた」
「そうそう。よく名前覚えてんな」
よっぽど警戒したからな。
「あいつがさ、俺の一番最初の人」
「え」
びっくり。
いきなりの大暴露。
「なに」
「いや……、話して、くれるんだ、と思って」
「んー、なんかお前気にしてたしな。あ、聞きたくない? 嫌なら黙っとく」
聞きたい聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない
「聞きたい」
「そ?」
「聞いてもいいんなら聞きたい」
ティッシュをまとめてゴミ箱へ。
わりと溜まってる。
「別にいいけど。……あいつがさ、俺に、こういうセックスを教えたんだよ。まだいたいけな高校生だった俺に、あーんなこととかこーんなこととか、あれこれ仕込んでこんな身体にしたわけだ。男同士なんて全然知らなかったし、初めは尻は痛ぇし、何がなんだかわけわかんねえし、散々だったわ」
「ハルさんにもそんな時代あったんだ」
「ったりまえだろ。いきなりケツに突っ込まれて気持ち良くなれるわけないだろ。まあ、そういう人もいるのかもしれないけど、少なくとも俺は違った。それをちょっとずつちょっとずつ飼い慣らされてさ、気づいたら結構長く一緒にいたんだよ。7年かな」
「長いね」
「だろ。でも、別れた」
「……なんで」
「なんでかな。わかんないけど、いつの間にかさ、一緒にいることが駄目になった。好きなのに大事にできなくて、そのうちお互い一緒にいるのが面倒になって、それで別れた」
「そっか」
「その時俺さ、すげえ泣いたんだよ。本当、身体中の水分全部使うんじゃないかってくらいすげえ泣いた。バイトにも行けなくてさ、家から出られなくて、飯も食わずにずーっと泣いてた。その時決めたんだ」
「何を」
「もう誰とも付き合わないって。付き合ったら別れるだろ。どんなに好きでもそのうち駄目になって別れる。もうあんなのは嫌だ。あんな、痛くて怖くて辛くて悲しい思いをするのは、嫌なんだ。だから、もう、好きになっても、俺は選ばない」
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