第5話

 夜飯食い終わってから、俺たちはだらだらしながらテレビを観ていた。

 ハルさんは俺の胡座をかいた膝に頭を置いて、うつらうつらしながらテレビを眺めている。

 洗濯してしわしわになった浴衣を着て、脚を放り出してるから、右手を伸ばして浴衣越しにその尻を軽く撫でてみる。

「触るな痴漢」

「気にしなくていいよ。テレビ観よ」



これはあかん……。

問答無用でカット。



「……はは、」

 いやあ参った。

「すいません、負けました」

「はいお利口さん。寝よっか」

「え、しないの」

「夕方しただろ。お前ちょっとは俺の身体を労れよ」

 返す言葉もねえ。





「ハルさん絶対趣味悪いだろ」

「なんでだよ可愛いだろ」

「可愛くねえよ」

 ハルさんはたまたま入った雑貨屋で見つけた、カタカタ口の動く緑色の骸骨を持って興奮している。

「買ってどうすんのそれ」

「部屋に飾る」

「絶対呪われるわ」

 片道40分かけてやっと来たショッピングモールで最初に買うのそれかよ。

 結局買ってしまって上機嫌なハルさんと、その荷物を代わりに持ってやりながら次は服でも見に行こうかとか話して歩いていると、前から歩いてきた知らない男が、俺たちの前で急に立ち止まった。

「……千春?」

「……、え、」

 ちはる。

 そいつがそう呟くと、何故かハルさんが反応した。

「え、……………… 仁……」

 え、知り合い?

 そう聞こうとしてハルさんを見ると、ハルさんはそいつを凝視したまま、なんか戸惑ったみたいな顔して固まっていた。

「ハルさん?」

「えっ、? 、あえ、と、」

 俺の呼び掛けにはっとしたみたいに我に返って、動揺しきったその顔を見て、俺は何となく状況を察知した。

 元彼、とかか?

 背はあんま俺と変わらない。

 でも多分、ハルさんと同じくらいの歳かな、学生には見えない。

 半袖シャツから見えてる腕が筋肉質だ。

 あと……エロそうなイケメンだな……。

 なにこいつ、俺勝ち目なさそう。

「千春、なんでここに」

 仁と呼ばれたそいつがハルさんに近づいて腕を伸ばしてこようとする。

 ハルさんはそれを見てまた固まってしまっている。

 俺は、なんかそれが、嫌だった。

 嫌だと思った瞬間、俺は無意識にそいつの伸ばしかけた腕を自分の手で遮っていた。

 ハルさんに触られたくなかった。

「触んな。俺のだ」

 おっとやばい俺、今の完全に敵意剥き出しな感じだった。

 でも、嫌なもんは嫌だ。

 その推定元彼が黙って息を呑んだから、俺はすぐにハルさんの肩を抱いて、なに食わぬ振りでそいつの横を通りすぎた。

 不安になってしまった。

 ハルさんに、そいつを見て欲しくなかった。

 間違ってもこれが原因で元彼とヨリが戻るとか、そんなん冗談じゃない。

 ハルさんは、俺の腕に釣られるみたいにして付いてきた。


 20メートルくらい歩いて、ハルさんは俺の横で急にぶはっと吹き出すみたいにして笑った。

「やべえ、今の格好良かった、孝信」

 さっきの強張った表情はもうそこにはなくて、左手で顔を隠すみたいにしてくすくすくすくす笑い出す。

「んだよ」

 そんな笑われたら恥ずかしくなってくるだろ、ただでさえ自分でもどうかと思ったんだよ今のは。

「いや、格好良かったよ。あー、びっくりした。ありがとうな、助けてくれて」

「どういたしまして。元彼とか? 自販機でジュース買う?」

「そ、元彼。買う」

 ペットボトルそれぞれ買って、ベンチに座って休憩がてらさっきの話し。

「未練でもあるの。すんげえ顔してたけど、二人とも」

「未練かあ、どうかな。まあいろいろあったから。でも会ったの久しぶりすぎて、最初誰か分からなかったし、そういうのは、ないと思うよ」

「そっか」

 あっちはありそうだったけどな。

 顔見てすぐに気づいたみたいだったし、俺は見逃さなかったぞ、あいつが耳に着けてたピアス、ハルさんが持ってるのと同じやつだった。

「気分悪くさせてごめんな」

「いや俺は全然いいけど、ハルさんは」

「俺はお前の良いとこ見れたから嬉しかったし、満足だよ」

「うーわ」

 あー、帰りたくなってきた。

 なんかあいつと同じ空気吸いたくない。

 そりゃそうだろ、だって俺は千春なんて名前今知ったし。

 お揃いのものとか持ってないし。

 俺あんなエロそうな顔してないし。

 それにあいつはきっと、俺の知らないハルさんを知っている。

「ハルさーん、帰ろう、俺帰りたくなってきた」

「え、飯食ってから帰ろうや、俺炒飯食いたい」

「あんた結構図太い神経してんな」

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