第十六話 拍子抜けってレベルじゃねーぞ
冴木さんの家を出た俺は自宅へと向かって歩いていく。今すぐにでも水川に自分の気持ちを伝えなければならない。そう思っていた俺だが、自宅マンションが近づくにつれて、恐怖心が芽生えてきた。そして、マンションのドアの前にたどり着いたとき、それはピークを迎える。
やべえ、足の震えがおさまらない……。
もしも水川に愛想を尽かされていたとしたら。それ以前に、もしも水川の気持ちが俺の勘違いだったとしたら……。そんなことを考えると、恐怖で押しつぶされそうになる。
が、こうも思う。もしも、水川が俺なんかのことを好きでいてくれているのだとしたら、彼女の気持ちは俺の恐怖心なんか笑い飛ばせるほどの、悲しみを抱いているはずだ。
俺は何度も何度も彼女の気持ちから逃げてきたのだから……。
行くしかない。
俺は一度深呼吸をして、覚悟を決める。
もしも、これで彼女にフラれてしまったとしても、それは俺の責任だ。
俺はカギをドアに差し込むと、素早く回してドアを開いた。そして、恐怖心を吹き飛ばすように靴を脱ぎ捨てると、リビングへと突っ走る。
「水川っ!!」
リビングのドアを開けた。俺は一目散に彼女に駆け寄ろうと、右足を前に出したところで、足が止まった。
「優菜ちゃん、可愛い。ほら、今度はもう少しはにかむ感じでカメラ見てみようか」
え?
俺の目の前に広がっていた光景は、俺の想像とは大きくかけ離れていた。
まず目に入ったのは一眼レフカメラを構える、見覚えのある美少女。俺の記憶が正しければ、こいつは本来、俺の家なんかにいること自体不自然な大人気タレント。
次に、その一眼レフカメラの向けられたメイド服姿の美少女。そして、俺の妹。
その二人が同時に俺を見やった。
え? どういう状況っ!?
俺の切羽詰まった気持ちとは裏腹に何とも間抜けな光景に、俺が拍子抜けしていると、一眼レフの美少女、片岡紗々は俺に向かって右手をあげる。
「おかえり。お兄ちゃん」
いや、お前にお兄ちゃんと呼ばれる筋合いはないっ!!
そんなツッコミを入れそうになるのを必死に抑えて、俺は水川を見やった。水川は俺と目が合った瞬間に「きゃっ!?」と短い悲鳴を上げて顔を赤らめる。そして、何やら恥ずかしそうに俺から顔を背けた。
「せ、先輩、今日はお姉ちゃんの家に泊まるんじゃなかったんですか……」
と、そこで水川は小さな声で俺にそう尋ねた。
「あ、いや、それはなんというか……」
本当ならば今すぐにもすべての事情を説明したいところだが、片岡紗々の存在と、そのあまりにも想定外の光景に、言葉が出てこない。
「り、理由は後で説明するけど、と、とりあえず泊まるってのはなくなったから……」
と、最低限の説明をして片岡紗々を見やる。
「ってか、何やってんの?」
「何って、撮影だけど……」
片岡紗々は当たり前のようにそう答えて首を傾げる。
「いや、そうじゃなくて、何で俺ん家で撮影をしてるのか聞いてんだよ」
そこまで聞いてようやく彼女は納得したように「なるほど~」と頷いた。
「実は最近、カメラで可愛い女の子を撮影するのにハマってるの。今までは撮影される側だったけど、撮影する側も結構楽しいって思ってね」
と、少し照れたようにカメラを下ろす片岡紗々。
どうやら水川の言う友達を泊めるという話は本当だったようだ。
が、にしても、まさかそれが片岡紗々だったのは意外にもほどがある。それ以前に、二人がこんなにも仲良くなっていたことに驚いた。
「なんだか、息を切らせてるみたいだけど、何かあったの?」
と、そこで片岡紗々は俺を見て首を傾げる。
そりゃ、一秒でも早く水川に気持ちを伝えるためなのだが、そんなことは口が裂けても言えるわけがない。
「な、なんだ? そ、そうだ。俺は意外と怖がりで、夜道を歩くのが怖くて走ってきた……」
俺はとっさに、わけのわからない言い訳をしてしまった。すると、片岡紗々はクスッと笑う。
「へえ、お兄ちゃんって、なかなか可愛い性格しているのね」
いや、だからお前にお兄ちゃんと呼ばれる筋合いは……。
いやいや、そんなことを言っている場合ではない。
俺は再び、水川を見やる。
「こ、この衣装は紗々ちゃんが持ってきてくれたやつです……」
水川はどうやら俺が彼女のコスチュームを疑問に思っていると思ったらしく、相変わらず恥ずかしそうに小さく答える。
と、そこで片岡紗々は水川のもとへと歩み寄る。
そして、
「ひゃっ!?」
片岡紗々は水川に抱き着くと、彼女に頬ずりをする。
「ねえねえ、お兄ちゃん。あんたの妹、ちょー可愛いわね。ほら、この恥ずかしそうな顔。食べちゃいたいぐらい可愛い」
そう言って俺を見やると彼女は同意を求めてくる。
なんというか、こんなことをしている場合ではないテンションだったはずなのに、そのあまりな間抜けな光景に、俺はすっかり緊張感を失った。
「ほら、お兄ちゃんも一緒に優菜ちゃんを愛でようよ」
そう言って俺を手招きする片岡紗々。当たり前だが彼女は俺と水川の今のどうしようもない気まずさなど、知る由もない。
「い、いや、俺はいいよ……」
「じゃあ、私が独り占めしちゃおっ!!」
そう言って片岡紗々はさらに力強くぎゅっと水川を抱きしめる。
「ちょ、ちょっと紗々ちゃん、苦しいってば……」
水川はちらちらと俺の視線を気にしながら、恥ずかしそうに彼女から逃れようとする。
な、なんだ、この光景……。
しばらく二人は揉みあったところで、ようやく体を放した。
水川は揉みあいで乱れたメイド服を整えながら俺を見やった。
「せ、先輩、ご飯はもう食べたんですか?」
「え? あ、ああ、一応な……」
「も、もしかしたら帰ってくると思って、一応先輩の分も作っておきました。じゃあ、それは明日の朝に食べてください」
「お、おう、サンキューなっ」
なんでだろう。俺たちの気まずさが彼女の猫耳カチューシャのせいで変に中和されていく。
だが、彼女のそんな優しさは俺の胸をぎゅっと締めつけてはいた。
本当ならば今すぐにでも気持ちを伝えたい。だけど、片岡紗々がいる以上、それはできそうになかった……。
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