第六話 変な性癖……
結局、水川に弁当と書類を届けたらすぐに帰宅する予定だったのだが、猫カフェでコーヒーを飲むことになり、さらには変なおねえさんにつかまり、最終的には冴木さんに喫茶店へと連行されることになった。
正直なところあまりコーヒーを何倍も飲むようなタイプではないので、もうコーヒーはいらなかった。が、冴木さんにご馳走するというので、断れるわけもなく、たぷんたぷんの腹でコーヒーを強引に胃に流し込む。
あぁ……なんか気持ち悪い……。
向かいに座る冴木さんはそんな俺とは対照的に、涼しい顔でコーヒーを啜ってティータイムを満喫しているようだ。
「そういえば……」
と、そこで俺はふと気がかりだったことを思い出す。
「そういえば水川とはどうなったんですか? もう仲直りはできたんですか?」
両親がシンガポールに向かう直前、水川と冴木さんは、水川がシンガポールに行くか行かないかで喧嘩をしていた。結局、水川は逃げるように家を出ていき、そのあと、どうなったのか俺にはわからないでいたのだ。まあ、放送部ではいつものように活動をしているから、そこまで心配はしていないが。
「仲直り? ああ、私と優菜ちゃんのどちらが友一くんに相応しいかを喧嘩したことかしら?」
「全然違いますね」
「そうかしら? 私はそこまで間違ったことを言ってないと思うけど」
「まあ、解釈はひとそれぞれなんで、そう思うのであれば強く否定はしないですが……」
相変わらず、彼女は俺のペースを乱す気満々のようだ。本当に彼女たち姉妹は俺をいじめるのが好きらしい。
「喧嘩の方は大丈夫よ。私も優菜ちゃんも姉妹喧嘩にはなれているから。だけど、根本的な問題が解決したかと言ったらそうではないかもね」
「なんすか、その根本的な問題って……」
冴木さんは頬杖をつくと「なんだと思う?」と相変わらずの悪戯な目で俺を見つめた。
「さあ、俺にはさっぱりですね……」
「そう、じゃあ教えてあげる。私と優菜ちゃんは今、お互いに大切なものを譲り合っているのよ。本当はどちらも独り占めしたいんだけど、姉妹愛が強いうえにそうもいかない状態なのよね……」
教えてくれると言っておきながら、いったい何の話をしているのかはあやふやなままだ。首を傾げる俺を冴木さんはしばらく眺めて、わざとらしく「はぁ……」とため息を吐いた。
「友一くんって、結構、罪な男の子だよね……」
「俺がいつあなたに罪を作りましたか?」
冴木さんは何も答えなかった。
だめだ。やっぱり冴木さんのペースに飲み込まれている。
「そう言えば、私たち、まだ、付き合ってるんだったっけ?」
「ゲホッ!! ゲホッ!!」
そして、不意打ちに俺は思わずコーヒーを吐き出す。
「ちょ、ちょっと、友一くんったらさすがにお行儀が悪いわよ」
「いや、あんたが突然、変なこと言い出すからですよ」
冴木さんは台拭きを手に取ると、テーブルに零れたコーヒーを拭った。
「す、すみません……」
「いいわよ。だって私、友一くんの彼女だから」
そう言ってにっこりと微笑む冴木さん。
「いや、それとこれとは別です」
「どういうこと? つまり友一くんは私を捨てるってこと?」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は紙ナプキンで口を拭ってから、彼女を見やる。
「そうじゃなくて……そもそも俺と冴木さんが付き合うことにしたのは、水川をシンガポールに行かせるためって話じゃなかったでしたっけ?」
「ごめ~ん、私、記憶力が悪くて覚えていないの」
「本当に都合のいい記憶力ですね」
「そうね」
いや、少しは否定しろよ……。
「だいたい冴木さんは俺のこと嫌いじゃなかったんですか?」
「ええ、大嫌いよ。今すぐ、友一くんを踏んづけたいぐらい。あ、でも、それは友一くんにとってはご褒美になっちゃうんだったわよね?」
「いや、拷問でしかねえよ……」
「ドMの男の子にはいったいどうしてあげるのが、苦痛なのかしら? いっそ、優しくしてあげた方がいいのかしら?」
そう言うと冴木さんは俺の頭に手を乗せると「よしよし」と満面の笑みで頭を撫でる。
「や、やめてください……」
俺は顔が火照るのを感じながら彼女から視線を逸らす。
「あれれ? やっぱり優しくすると嫌がるってことは、友一くんはドMなのかしら? よしよし、おねえさんがいっぱい優しくしてあげるからね……」
と、羞恥心丸出しの俺を見てさらに冴木さんは調子に乗る。
「やめてほしい?」
「やめて欲しいですね」
「私の目を見て、やめてくださいって言ったらやめてあげる」
「なっ……」
本当に一筋縄ではいかない女だ。俺はしぶしぶ冴木さんを見やると「や、やめてください……」と屈辱感を抱きながら口にすると、彼女は俺の頭から手を放した。
そんな俺を見て冴木さんは満足げに笑う。
「あんまり虐めすぎると、本当に変な性癖が芽生えちゃいそうね」
「いや、だから……」
と、そこで冴木さんは俺に顔を近づける。
「変な性癖、芽生えさせてあげようか?」
「なっ……」
愕然とする俺の顔を見て、冴木さんは堪えきれなくなったのか、クスクスと笑い始めた。
「やっぱり、もう少し友一くんと付き合っていようかな。だって、別れちゃうと、友一くんのこといじめられないし」
と、思いつく限り最悪な理由で、この日、俺は冴木さんと別れることができなかった。
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