第十二話 放課後デート1
放課後、俺と水川は駅前のショッピングセンターにいた。先に言っておくけど、誘ったのは俺ではない。
授業が終わり教室を出ると、そこに水川が立っていて半ば強制的にここへとやってきた次第だ。
典型的新興住宅街であるこの町唯一の娯楽施設はこのショッピングセンターだけだ。となると結果的に放課後を迎えた多くの生徒たちは、ここへとやってくる。現にあたりはうちの制服を着た生徒ばかりだ。そんなところで水川と二人で歩くのはかなりのリスクを伴うのだが、水川はそんなことなどつゆ知らず、上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の隣を歩く。
「なんだかデートみたいですね」
「できる限り、そう見えないように歩きたいのだけど」
「つまり、こういうことはしない方がいいってことですか?」
そう言って水川が俺の腕にぎゅっとしがみつく。
「なっ……」
その不意打ちに思わず目を見開くと、水川はどうやら俺のそんな顔が見たかったようで、満足げな、それでいて悪戯な笑みを浮かべながら、頭一つ大きな俺を見上げる。
どうでもいいけど、弾力のある何かが二の腕に当たってる……気がする。
「気がするんじゃなくて、当ててるんです」
「フランクに超能力を使うなっ!!」
「ってことは、やっぱり意識していたんですか?」
首を傾げる水川。
「…………」
全く言い返す言葉の出てこない俺を見て水川はいつものようにクスクス笑う。
徹底的に俺は彼女の掌の上をころころと転がり続けているらしい。
水川はどうやらこの時間の俺のからかいノルマを達成したようで満足げに俺の腕を引いて歩き出した。
ああ、周りの生徒たちの視線が痛い……。
「先輩って、普段何をしているんですか?」
ウィンドウショッピングをしながら水川は唐突にそんなことを尋ねる。
「何って、別になにもやってないけど」
現に俺は何もやっていない。放課後は基本的に喫茶店に入って好きなライトノベルを読んだりソシャゲをやったりして時間をつぶしているだけだ。が、水川はその答えでは不満があるようでツンと唇を尖らせる。
「そういえば、先輩ってよく本を読んでいますよね?」
「え? あ、ああ、まあ読んでるって言ってもただのラノベだぞ」
「ラノベ?」
と、水川が不思議そうに首を傾げる。そんな彼女の仕草に俺は驚愕する。
もはやラノベなんていう言葉は一般化された単語だと思っていた。が、どうやらそうでもないらしい。
「なんだ……まあ、簡単に言うと小説の一種だよ。まあ水川にはあまり関係のないものだ」
「そんなの読んでみなきゃわかんないですよ。せっかくですから先輩の大好きなラノベを見に行きましょう」
そう言って水川は本屋の方へと歩き始める。
が、
「いや、本屋はまた今度でいいんじゃないかな?」
俺は足を止める。
何故だろう。なんとなくだが水川とラノベを物色するのは躊躇われた。別にラノベを読むことに後ろめたさは……多分ない。けど、俺の読んでいるラノベを水川に知られるのはどうしても避ける必要がある。
額に汗を浮かべる俺を見て水川は首を傾げる。
「もしかしてラノベって、えっちな小説なんですか?」
「いや、そんなんじゃないからっ」
と、反射的に反論してみる。が、よくよく考えてみると、一部当たっているような気もしてくる。
「じゃあ、私にも見せられますよね?」
「それとこれとはまた別だ」
「私は新しいお兄ちゃんが、何が好きなのかを知る権利があるんです。観念してください」
と、謎の権利を振りかざされて、俺はぐいぐいと本屋へと引っ張られていく。
結局、根負けした俺は彼女とともに、本屋へとやってきた。本屋に入るなり水川は店員に「ラノベってどこにありますか?」と尋ねて、俺たちは書店の一角へと案内される。
やだ、恥ずかしい……。
ライトノベルコーナーへとやってきた俺は顔から火が出るほどの羞恥心に悶えそうになっていた。
「なるほど……ラノベってアニメの小説みたいなものなんですね」
と、水川はざっくりしすぎた理解をしたようで、納得したようにフムフムと頷く。厳密にいえば水川の理解は間違っているが、それを正しく説明する勇気は俺にはない。
「もうわかっただろ? ほら、行くぞ」
そう言って一刻も早くその場を離れようとする俺。が、そんな俺の挙動がかえって水川の悪戯心に火をつけたようで「だめです」と一蹴される。
「先輩が好きなラノベを教えてください。私も読んでみます」
「お前が読んでも面白くないぞ?」
「そんなの読んでみないとわかりませんよ?」
「いや、そうかもしれないけどさ……」
困った。完全に追い込まれた。これは俺の好きなラノベを白状するまで帰れま10の流れだ。
俺は冷や汗を書きながら平積みされたラノベを眺める。そして、その中で一番大衆受けしそうな無難なものを選び出して指さす。
「これとか……好きだな」
「へぇ……そうなんですね……」
そう言って水川はそのラノベを手に取った。あ、そうそうこの本屋は今時珍しく、ラノベにカバーがかかっていない。そのおかげで俺は中学時代にいろいろとお世話になった。
水川はペラペラとラノベをめくると「先輩はこういうのが好きなんですね……」とつぶやくが、不意にページをめくる手を止めて、俺を見やった。
その目は明らかに俺を試しているときの目だ。
「先輩」
「なんだよ」
「この小説の主人公の名前を教えてください」
「は? なんで?」
「先輩の目が何かを隠すような目だったので」
「すみません……知りません……」
どうやら水川の目を欺くのは無理なようだ。俺はそのラノベを読んだことがなかった。が、俺はこんなことでは観念しないぞ。
「先輩が好きなラノベはどれですか?」
「さあな」
水川が俺に顔を接近させて、俺の表情を読み取ろうとしている。
近い。
が、不意に水川は本棚を見やると平積みされたラノベを無作為に何冊か手に取った。
「先輩、これですか?」
そう言ってその中の一冊を俺に見せる。
「さあな」
「じゃあ、これですか?」
「さあな」
「じゃあ、これですか?」
「さ、さあな……」
「これですね」
ダメだ。こいつには敵わない……。
きっとこいつは警察にでも就職したほうがいい。どんなサイコパス殺人犯でも彼女の目を欺くことはできない。
水川はようやく俺の愛読ラノベを引き当てたことに満足したようで、他のラノベを本棚に戻すと、ライトノベルへと目を落した。
そして、驚いたように目を見開く。
終わった。俺の青春は今、この瞬間終わった。
「『先輩殺しの小悪魔美少女が、義兄である俺だけにはデレデレみたいです』……」
「なあ水川、先に言っておくが、俺は空想と現実の違いはわかっているぞ? あくまで、俺は読み物としてこのラノベをだな」
「これが先輩の好きなラノベなんですね?」
水川は真面目な顔で俺を見やった。
「幻滅したか?」
「どうして私が幻滅するんですか?」
「いやだって……」
だって妹モノだぞ? しかも義理の妹モノだぞ? 小悪魔美少女モノだぞ?
そんなものを義理の兄である俺が読んでいるのだ。もちろん、俺だってラノベと現実が違うことはわきまえているつもりだ。が、さすがにこのタイトルは俺と水川の関係上、いろいろとマズい気がした。
「先輩が何が好きでも、私は幻滅なんてしませんよ。先輩が何を好きでも、私は先輩が優しいお兄ちゃんだってこと知っているので」
「…………」
俺が言葉を失っていると水川は優しく微笑む。
「実は私も中学の時はお兄ちゃんモノの少女漫画をよく読んでいたので。どうですか? 私のこと幻滅しました?」
「いや、お前が何を好きでも俺は構わないよ」
「それと同じです」
そう言って水川はラノベを持ったままレジへと歩いてく。
「もしかして買うのか?」
「はい、このラノベを読めば、先輩が妹に何をされると嬉しいのか、書いているかもしれないので」
「ちょっと待て、それは大きな誤解だっ」
このラノベを参考にするのは、何というか色々と危険すぎる。
「あくまで参考にするだけですよ。あんまり過度な期待をされると私も困ります」
「いや、そういうことじゃなくて」
そう言うと水川はクスクスと笑うと「わかりましたよ」と言い残してレジへと歩いていった。
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