第十一話 嫉妬? なにそれ美味しいの?

 水川の校内放送は二〇分ほどで終わった。こんなことを言ったら、水川や冴木さんにぶん殴られそうだが、放送の内容はあまり覚えていない。が、少なくとも水川の声は多くの男子生徒の心を癒す不思議な力があるということは理解できた。


 放送後、冴木さんは自分の教室へと戻っていったので、俺も教室へ戻ろうとしたのだが、水川などうせならここでお弁当を食べましょうと言うので、結局、放送室に残って少し遅めの昼食を取ることになった……のだが。


「じぃ…………」


 水川お手製の弁当をいつものようにありがたく頂いていた俺は、なんだか落ち着かない。


 理由は机を挟んで正面に座る水川の存在だ。


 なんというか、さっきから水川の口数が少ない……ような気がする。初めはそんなことにも気がつかずに弁当をつついていたが、やっぱり彼女の視線を感じる。恐る恐る顔を上げてみると、彼女はまだ弁当には手つかずで、箸を握ったまま俺のことを観察していた。


「く、食わないのか?」


 何とも言えない居心地の悪さを感じながらもそう尋ねると、水川は「もちろん、食べますよ」とそこでようやく弁当に箸を伸ばした。


 が、一口二口食べたところでまた箸を止める。


「先輩」


「どうした?」


「先輩って妹属性ですか? それともお姉ちゃん属性ですか?」


 何を言い出すかと思えば、そんなわけのわからない質問を唐突に投げかける水川。


「藪から棒すぎる質問だな」


「個人的興味ですよ。先輩が年上好きなのか年下好きなのかは私にとっては重要な問題です」


「俺にはその重要性が全くわからないが……」


「重要です。先輩が甘えられたいのか甘えたいのかによって、私のアプローチも変わってきますので」


「そもそもアプローチの必要性を俺は全く感じないんだけど……」


 どうやら水川はまだ俺を落すつもりらしい……。


「先輩は嫉妬する女の子は好きですか?」


「なんだよ突然」


「言ってるじゃないですか、個人的な興味です」


「それは答えなきゃいけないのか?」


「別に答えなくてもかまいませんよ。だけど、明日以降のお弁当はくさや弁当になりますが」


「その周りの生徒も巻き込んだ脅しはやめろ……」


 とんだバイオテロじゃねえか……。


 どうやら答える以外の選択肢はないようだ。


「まあ嫉妬するってことは、その子は俺に好意を抱いてくれているってことだろ? まあ度合いにもよるが、好かれているってのは悪いことじゃない」


 そう答えると水川は「へぇ……そういうものなんですね……」と、少し感心したように頷いた。


 そして、


「じゃあ私も嫉妬します」


「はあ? なんで……」


「嫉妬したほうが先輩が喜んでくれそうですし……」


 そう言うと水川は「ツーン」とわけのわからん擬音とともに、わざとらしくそっぽ向く。


「なんだよ。その下手くそな嫉妬は……」


 俺には水川の行動の意図が全く理解できない。


「嫉妬に下手も上手いもありませんよ」


「まあ、そうかもしれないけど……それ以前に、水川がわざわざ嫉妬をする理由がこれっぽっちも思いつかないんだが……」


 水川はそっぽ向きつつも、視線だけを俺に向ける。


「私以外の女の子とイチャイチャしないでください。先輩は私だけのお兄ちゃんなんですから」


「俺がお前の兄であることと、他の女の子とイチャイチャすることの相関関係が今一つ理解できないんだが。あと、いつ俺が女の子とイチャイチャしたんだよ……」


「私、実は見てたんですよ」


「見てたって何をだよ」


「先輩と、涼花さんが手を繋いでいるところです」


「はあ?」


 一瞬、何の話をしているのかわからなかったが、不意にさっき冴木さんから傷の具合を見るために手に触れられたことを思い出す。


「いや、あれはただ手の擦り傷を心配されただけだよ」


「知ってます。全部聞いてましたので」


 とんだ地獄耳の持ち主だ。


「だったら、別にいいじゃねえか」


「よくないです。先輩、涼花さんに手を触れられたとき鼻の下伸びてましたよ……」


「それはあれだよ……女慣れしていない男ってのは異性に触れられたら、みんなこうなるものなんだよ」


 そう答えると水川は箸を置いて唐突に俺の右手へと手を伸ばす。そして、冴木さんよろしく俺の手を両手で包み込むように触れる。


「友一くん、傷の具合はどう?」


 水川は上目遣いでそう尋ねると心配そうに首を傾げる。


「なっ……」


 その唐突なスキンシップと友一くん呼ばわりに、思わず頬が紅潮する。


「確かに……鼻の下が伸びてます……」


 と、水川は何かを納得したように、俺から手を放した。


「スナック感覚で俺の心を弄ぶな。第一……」


「第一?」


「第一、 冴木さんが俺なんかに惚れると思うか?」


「これっぽっちも思いません」


「お、おう、そうか……」


 そこまではっきりと否定されると、それはそれで男として思うところはあるが、とりあえず、納得はしてもらえたようだ。


「でも、少し気がかりなんです……」


「気がかりって何がだよ……」


「涼花さんって、確かにみんなのお姉さんみたいな存在ではあるんですけど、異性との距離の取り方はわきまえているはずなんです。相手に変に勘違いをさせないために、過度なスキンシップは取らないはずなんですよね……」


 と、水川は不思議そうに首を傾げる。


「お前にもそういうところは学んでほしいところだな」


「私だってわきまえてますよ」


「わきまえていたら、スナック感覚で俺の手に触れたりしないだろ」


「それは単に私が先輩を落そうとしているからです。他の男の人にはそんなことしませんよ?」


「なっ……」


「それとも先輩は女の子からもっと冷たくされたい、ドMさんなんですか?」


「いや、それはそれで困る……」


「じゃあこのまま甘々な感じでいきますね」


 そう言ってにっこりと微笑む水川。


 水川の言葉に少しだけホッとした自分がいることに、猛烈な敗北感を感じる。


「まあ、私の杞憂のようです」


「大杞憂だよ。冴木さんが俺みたいな地味な男にアプローチする理由がない」


「そうかもしれないですけど、先輩が涼花さんにコロッといかないか心配です。涼花さんは私なんかよりもうんと包容力があって綺麗な人ですから」


「いや、水川だって十分可愛いだろ」


「え?」


 俺の言葉に水川は少し驚いたように目を見開いた。


 その顔を見て、俺がたった今とんでもなく大胆なことを口にしたことに気がつく。そのことに気がついた瞬間、恥ずかしさにみるみる顔に血が上っていく。


「な、なんというか一般論だ。お前だって自分が他の女子よりも男子を魅了する容姿を持っていることは少しは自覚してるだろ? その事実を俺は述べただけで――」


 と、必死に言いつくろっていると、水川は何が面白いのかクスクス笑いだす。


「わかりました。今のは先輩からの褒め言葉として、ありかたく受け取らせていただきますね」


「おう、そう受け取ってくれると、俺も本望だよ」


 俺は恥ずかしさを誤魔化すように弁当にがっつく。そんな姿を見て水川はまたクスクスと笑いながら「先輩って、ホント素直じゃないですねえ……」と俺の頬をツンツンとつついた。

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