2021 冬春 誘導灯
それから潤はボールの軌道を意識した。放ち方や回転を改善していくうち、『勇気ある撤退』の命中率は八割に上がった。彼女は凍える手に息を吹き掛けながら、がむしゃらに練習した。
「あっ……」
ところが右足の痛みが再発して、彼女はまたしても走れなくなった。
潤は焦りから、八方を塞がれたような感覚に陥った。息が詰まって、リハビリの散歩と称して家を出て、夜風に当たるようになった。
「よお、潤。シケた面してるなぁ」
偶然、聡に再会した。茶髪の彼は原付バイクで夜遊びするようになっていた。
「乗れよ。辛い時は、走ろうぜ!」
潤は彼のシートの後ろにまたがるようになった。風は冷たかったが、自分が走れない分、風を切ると気分が晴れた。
*
桜が散り始めた頃、いつものようにタンデムしていると町でジローの姿を見かけた。彼はヘルメットをかぶり、赤く点滅する誘導棒を両手に持っていた。
「止まれ!」
ジローは体を張って原付バイクを止めた。
「このバイクは、二人乗り禁止です」
彼は毅然として言い放った。
「何だ、お前。知り合いでもないのに指図すんなよ」
「友達だ。彼女にキスしたさ」
ジローの言葉に潤は無言で頷いた。
「けっ、潤も変わったな。おいお前、こいつよく見ると可愛くないぜ、やめとけよ」
聡はいきがると、潤を降ろして走り去った。
潤は友人が働く姿を初めて見た。ジローは学校で見るよりも、ずっと大人びて見えた。
「余計なお世話だった?」
イントネーションが妙に可笑しくて、彼女は笑った。
「ううん。ありがとう」
「仕事の事は、学校に言わないで」
彼は生計の為に交通誘導していた。
「わかった、お互いに秘密ね」
潤は自分が恥ずかしくなり、泣き言を言わなくなった。リハビリに真摯に取り組んだ。もう脇目を振ることはなかった。
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