第18話 迸る鮮血

 未だ意識は回復せず、病床に伏せたままの氷継ひつぎの病室に会場での模擬戦の様子が、ベッド横にあるモニターに映し出されていた。室内に歓声と爆発音が機械的音声で再現されて、室外へ漏れでない絶妙な音量で反響する。まあ防音対策は施されているから、室内から室外へ、また室外から室内へ音が侵入、脱走してくることはないのだが。

 氷継ひつぎの意識の回復が遅いのは、エーテルの使いすぎによる貧血に似た状態になり、身体の機能を停止させ、一定の量になるまで死んでいるかのように意識が途絶える。病名というのは少し重いかもしれないが、『エーテル過剰欠乏症』と呼ばれている。だが、そもそもあの程度の量を彼が使うぶんには、なんの問題も無いはずなのだ。優奈ゆうだいも不思議に思っていたようだった。保持量はほぼ上限のSに該当する彼が、たった数回技式と術式を使っただけで症状が発生するのはおかしな話ということ。原因は不明な為、様子見という感じで寝かされている訳。

 防音効果も相まって、モニターから流れる音だけが響くこの病室は少し不気味に見える。

 試合も終盤に差し掛かった頃、掛け布団がモゾモゾと動き少年がゆっくりと体を起こす。体の節々が悲鳴を上げ、筋肉痛以外にも頭痛や目眩が彼の体を襲っていた。痛みを堪えながらゆっくりと首を右に動かしてモニターを見つめる。


「…………身体が怠い。欠乏症になってるのか?何で……」


 当然の疑問を自分へ投げ掛けるが、答えが返ってくるわけもなく、空しく機械的音声に掻き消される。考えを巡らせていくうちに、段々と頭が冴えていき、模擬戦の時の様子が鮮明に映し出されていく。

 真琴まことの繰り出す【演天テアリアントル】が氷継ひつぎを襲い、避ける、防ぐなどして耐えていた。しかし、彼の黒い剣が上へと弾かれノックバックした瞬間に、清矢せいやの【牙突ガントル】が、無防備な氷継ひつぎの左脇腹に突き刺さる───この【牙突ガントル】に仕組みがあったのだ。そうして氷継ひつぎは、一つの結論へと辿り着く。


「あの技式とは別に術式を組み込ませて、意図的にを引き起こすように仕向けたってことか?」


 彼自信も納得はいっていないようだが、状況から見るに、これしかなかった。とは言え彼のエーテル回路もまだ完全とは言えない為、そうだとは決めつけられない。


「あーめんどい。考えるのはやめだ」


 氷継ひつぎは考えるのを放棄して、再びベッドに体を預ける。数分、モニターから激しい戦闘音が鳴っていたが、試合終了の合図と共にが歓声に変わり、戦士達が退場した。その映像と同時に、氷継ひつぎは異様な気配を感じた。殺気にも近い物をエーテル越しに受け取り、医務室のドアに視線を向ける。物の数秒後、ドアが開けられ四人の男女が入室してきた。とても見舞いに来たとは思えない程に無表情で歪な真意を抱えながら。

 彼らは氷継ひつぎのベッドを囲うように、左右に二人ずつ立ち彼を見下ろす。訝しげに彼らを見据えて口を開く。


「見舞い……って訳じゃなさそうだな。何か用か?」


「用、と言えばそうかもしれないですね。先程の勝敗に納得できなくてね」


 左側に立つ、小柄で学のありそうな顔立ちの少年が薄ら笑いをして、あくまで礼儀を尽くすような口調で答える。氷継ひつぎは何も言わず、無言で言葉の続きを待つ。


「少々此方も苛立っていてね。たとえ、八坂蓮最強の息子であろうと、貴族に勝ってもらっちゃ困るんですよ。だって貴方は息子なだけであって、最強ではない」


「納得いかないと言われてもな。結果は結果だ。つーか、ただの練習試合だろ。大会だのならまだしも、こんなことで逆恨みされる筋合いはないが?」


 氷継ひつぎは宥めるように言葉を紡いでいくが、それでも収まらないのか、彼らは刃物を手にした。そうして恨みという真意は技式として形になる。


 ───おいおい勘弁してくれよ。こちとら怪我人なんだけど!?ここで術式なんて発動させたら、こいつら軽症なんてもんじゃすまねぇ……


 氷継ひつぎからしてみれば、彼らは足元にも及ばない程の雑魚も同然。術式と技式を発動してしまえばどうとでもなる。だが、ここには当然ながら精神置換想置はない。その為、彼がその刃を煌めかせれば、医務室が血で染まることと同義である。

 左から振りかざさせる刃を避けるようにして、右側へ寝返りをうって、右側から来る刃を相手の手首を掴みその状態から想継エーテル術式を発動させて筋力を増強させ、左側に投げ飛ばす。小柄な少年にぶつかり、腑抜けた声と共にガタガタッと大きな音を立てて倒れ込んだ。その隙に飛び起きて、ベッドから離脱する。壁に立て掛けてある黒い剣を手に取り、鞘から抜刀する。だが、氷継ひつぎは攻撃の意思を見せず、あくまで防御のみに使うようだった。

 ベッドの左右に残った二人の男女が氷継ひつぎへ詰め寄り、男子生徒は剣を、女子生徒はソードブレイカー付きのダガーを魔力の輝きと共に振りかざす。氷継ひつぎも素早く剣身の面に刻まれる術式をなぞり、エーテルを込めて技式を発動させる。彼の放った三隔進行エース·ゲラーデ】は始めに男子生徒の刃を下段からの振り上げで弾き返して、上段からの降り下げで女性とのダガーをフローリングの床へと叩きつける。最後の一閃は、込めたエーテルを空気中に霧散させることでキャンセルさせ、彼らへの大打撃に成りかねない直接的な攻撃を回避する。


「───ッグ!?」


 眉間にしわを寄せ、右腕を押さえる。完全に回復したわけではない状態でのエーテル回路の使用により、身体に激痛が走る。若干よろめきながらも黒い剣を構え直して、次の攻撃に備える。

 その場で倒れていた二人が技式の煌めきと共に、瞬時に氷継ひつぎの目の前に現れ刃を振るう。上段からの攻撃を、黒い剣を横にして両手を使ってガードする。金属音が鳴り響き、火花が飛び散る。氷継ひつぎが防御に力を注いだことで大きな隙が生じ、そこへ残りの二人の技式が赤い光と共に詰め寄る。

 

「アァァァ!!」


 言葉一つ一つに濁点がついている様な悲鳴を発し、黒い剣と共にその場に崩れる。腹部からは刃の形に沿った傷口が出来、鮮血が我先にと溢れ出る。氷継ひつぎは顔を歪ませ悶え苦しむ。

 小柄な男がうずくまる彼の前に立ち、剣を逆手に持ち変えて氷継ひつぎの左肩に突き立てる。


「死にはしないでしょう。少量の血を流したくらいでみっともない」


 憎悪に染まった赤い瞳を彼に向けて告げる。

 剣を大きく振りかぶった───その時。ダンッと勢いよく医務室の扉が開けられ、複数の鎖が彼らを縛り上げる。


「=罪人の鎖アウターザ・チェーン=」


 左手を付き出して業命を呼ぶ、金色の髪の少年。彼の背後に顕れた魔法陣から無数の鎖が伸び、四人の生徒を拘束した。魔法陣をその場に固定させて、ギギギギギッと音を立てながら縛る力を強めていく。その時には彼ら四人に意識はなかった。


 ───くっそ、間に合わなかったか!!


 優奈ゆうだいは心の中で悪態をついた。優奈ゆうだい氷継ひつぎの元へ駆け寄り容態を確認する為に腰を下ろす。彼の息は荒く、血液は止まる気配を見せない。アルベントに簡易的な治癒魔法を頼み、彼はこの事態を教師に伝える為、医務室を後にした。


八坂やさか君、落ち着いて。深呼吸を」


 魔法を準備しながら淡々と氷継ひつぎへ告げる。だが、上手く呼吸ができないのか、酸素を吸う勢いは増すばかり。

 治癒魔法が完成し、彼へ施した時には、既に氷継ひつぎは気絶していた。魔法のお陰で出血量は次第に少なくなっていき、あとは包帯を巻いてベッドに寝かせ、見張りをつけてでの療養となった。

 


 

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