第17話 一時の休息と胸騒ぎ

 氷継ひつぎは総合演習場に常設されている医務室のベッドで、先の試合での傷を癒す為に寝そべっていた。現在意識は無く、気絶で気を失っている。

 彼が会場で倒れた後、優奈ゆうだいが精神置換想置停止を確認して直ぐに客席から飛び降りて、氷継ひつぎを背中に担いで運んで来た───と言うのがここまでの経緯だ。彼は氷継ひつぎをベッドに寝かせ、引率としてついてきた優奈ゆうだいの担任に任せて客席に戻っていた。


「んー中々見応えのある試合だったね。間近で見てどうだった?アル」


 隣に座る少女に問いかける。彼女の表情筋は相変わらず動かないが、彼から見れば興奮しているのが丸わかりだった。


「凄かった、2世の名は伊達じゃなかった」


「うん、そうだね……」


 眼を輝かせて感想を述べるアルベントに、優奈ゆうだいは煮え切らない反応を示す。彼女はそれに気づかなかったが。

 彼は氷継ひつぎ父親と比べられる、父親が強いから彼も強い、そう言ったことを嫌っているのを知っているからの反応だった。だから、優奈ゆうだいは言葉で彼の成長を確認するのではなく、互いに剣を交えて確認している。


 ───うーん、あいつにこれ直接言わないと良いけど……


 会場ではまだ試合は始まっておらず、準備中。観客席では、未だあの試合の熱が治まらずに感想会が行われていた。映像を残していた者はそれを見返し、ノートに書き込んだ者はそれを見て、自分に落とし込もうと黙読をする。かくいう優奈ゆうだいは、暇だとでも言いたげに大きな欠伸をして、体を伸ばす。氷継ひつぎ以外の試合に然程さほど興味がないのか、持ち込んでいた推理小説を読み始めた。

 この巻の小説の内容は、一軒の館で起きた殺人事件を名探偵と呼ばれるシュテームが解決する、といった物。この事件での犯人の動機は、ネットで行われた全国的なチェスの大会で、決勝戦にて負けたことが事の発端、要は逆恨み。正直、しょうもない話ではあるが、大会自体はかなり大規模でもある為に起こってしまった様だ。シュテームは華麗に推理をし、事件の真相を暴いて完。それがこの小説の一連の流れ。


 大体半分くらいまで読み終えた所で、両チームの準備が整った様で、会場には四人の女子が準備運動をしていた。両チーム共バランスの取れた組み方で、それぞれ剣星けんせい科と魔凰まおう科所属の者で構成されている。

 優奈ゆうだいは本を閉じて、目線を上げて会場を見る。


「両者、構え!!」


 男性教員の言葉にそれぞれ武器を構える。剣星けんせい科の二人はブロードソードを、魔凰まおう科の二人は魔法書を。


「始めえぇ!!」


 試合開始の合図と共に、両者の魔女は詠唱をして魔法を放つ。粒上の炎魔法と土魔法が雨の様に降り注ぐ。互いにがぶつかり合い、相殺される。耳を劈く様な不規則な爆発音が鳴り響き、その音を合図に二人の剣士は床を蹴る。剣身は鮮やかな煌めきを放って、互いに刃を交わらせる。魔力因子が火花と共に散り、激しさは次第に増していく。まさに業の応酬。一種のショーの様にも感じる。魔法が飛び交い、ぶつかり合う度に花火の様に散り行き、二人の剣士を彩る。

 その光景に会場は歓声に包まれ、その想いが空気中のエーテルを伝い、四人の戦士へと送られる。彼彼女らもそれを肌で感じ取り、更に業の精度を高め攻撃を繰り出してく。


「?どうしたの、ゆうちゃん」


 アルベントは眼を細めながら辺りを見回す優奈ゆうだいに問う。彼の眼には少しの焦りが見受けられる。

 優奈ゆうだいは逸る鼓動を抑えるように、本に置いていた左手で胸ぐらを掴む。敏感に感じられるようになったエーテルは、彼に危険信号を与え、本能的にを教えようと働きかける。そうして、観客席を見ていると、あることに気がつく。


 ───あそこにいた四人は何処に行った?


 四人、とは、五十嵐いがらし家と藤堂とうどうの両家と関係のある家柄の者達のこと。優奈ゆうだい達の席からそれほど離れていない所にいたはずの者達は、何処へ行ったのかそこには姿が無かった。武器と共に。


「ああ、五十嵐いがらし家と藤堂とうどう家の両家に関わりがある四人がいないんだ」


 優奈ゆうだいはその場所を指差して伝える。アルベントはそれを眼で追って確認して、顎に手を当てて考えを巡らせ始める。


 ───ただトイレに行ってるだけ……ってこともあるだろうけど、本当にそうだろうか。もし、もしゆうちゃんの思ってることだったら……


 そこで考えを止めて優奈ゆうだいに顔を向ける。


「ねえ、これ考えてること、同じだよね?」


「うん、もし当たってたらあいつが危ない」


 二人は頷いて各々武器を手に持ち、席を後にする。二人の顔には焦りと緊張が現れ、冷や汗が頬を伝う。演習場に響く炸裂音が、気色の悪いBGMにすら聴こえて、不安を煽る。杞憂であったことを願いながら、氷継ひつぎがいる医務室を目指した。

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