第16-2話 Cブロック─八坂チームVS五十嵐チーム

「ック!」


 氷継ひつぎは歯を食い縛りながら、清矢せいやの攻撃をなんとか防ぎながら後退していく。氷継ひつぎの業は全てを撃ちきり、軽く舌打ちをして残りの連撃を掠りながらも体を捻ったり、首を傾けたりで躱していく。

 最後の一撃を右肩に貰い、左手でその部分を押さえながらバックジャンプで飛び退こうと脚に力を入れたその時、氷継ひつぎの死角から突如、真琴まことが技式を発動させて現れた。


 ───くっそが、完全にこいつのことが頭から抜け落ちてた!!!


 目線だけを迫る彼の刃に向けて、心の中で悪態を吐く。


「刀刹技式【牙刹ガロウ】!」


 緑色が輝き、氷継ひつぎの視界を染める。その眩しさに思わず眼を瞑り、バックジャンプの予備動作を停止する。避けることも出来ず、ただ時を待つ。だが、刃は届くことはなく、ギィィィィンッと耳をつんざく音が氷継ひつぎの右耳に届いた。

 寸の所を、輝夜かぐやが間に割り込んで【天誓てんせい】の刃を使い、強引に軌道を逸らして防ぐ。氷継ひつぎはすぐさま後ろへ飛び去り持ち直す。

 

「助かった、ありがとう天宮あまみやさん」


 一安心といった感じで感謝を述べる。


「うん、油断大敵だよ八坂やさか君」


 二人は目配せをして左右に走り出す。氷継ひつぎは速くなる鼓動を抑えるように、深呼吸を繰り返し、血流を速く、それでいて冷静に。不敵な笑みを浮かべ、白い歯を見せる。

 清矢せいや真琴まことは背中合わせになり、魔力を剣身の面に流して臨戦態勢に入る。彼らは次に怒りという心意ではなく、絶対的な慢心で心を、身体を満たし、魔力を強化する。貴族が平民などに負けるわけがない。たとえそれが、八坂蓮最強の息子だとしても。

 氷継ひつぎ真琴まことに向けて、上段から刃を振り下ろす。弘を描き、彼の頭上へと迫る。サーベルの柄を両手で握り、剣身で受け止め、その状態で真琴まことは技式を発動させる。


「刀刹技式【演天テアリアントル】!」


 黛青たいせい色の光輝を放ち、氷継ひつぎの刃に何度も刃を打ち付けて押し返していく。艶やかな踊り子のような動きで、七連撃を繰り出す業。それが【演天テアリアントル】。下位の刀刹技式の中では、かなり強い部類だ。

 その剣舞に観客席───特に女性陣から───の黄色い声援が溢れる。それに負けじと片寄った層の男性陣が声援を送る。女性陣は兎も角、男性陣は双方の両親同士に親交があったりといった感じで、若干の贔屓ありきでの応援と言ったところだ。

 氷継ひつぎは歯を食い縛りながら連撃に耐える。彼は「刻まれた術式に直接触れてエーテルを流す」ことで、技式を発動させている。言ってしまえば、触れなければ流すことができず、技式を発動できないということ。そもそも、に触れずに、エーテルや魔力を流すには相当な練度が必要。学生のうちに修得できれば、エリートコースと言われる程だ。

 黒い剣は上へと弾かれ、大きく仰け反る。残りの四連撃を全て腹部に受け、普通なら吐血して倒れても可笑しくない程のダメージが、精神的ダメージに変換されて頭痛を伴い、心臓を締め付ける。よろめきながら、左手で制服にシワができるくらいに、左手で強く心臓辺りを握る。ハァハァと息を切らしつつ、真琴まことを睨む。彼は澄まし顔で氷継ひつぎを見下ろす。そして、見下すように笑った。


「ッ!?八坂やさか君!!」


氷継ひつぎ!!避けろ!!!」


 輝夜かぐや優奈ゆうだいが同時に叫ぶ。

 清矢せいやと技式の連鎖で打ち合ってた輝夜かぐやの刃が、ガギィィィィンッと上へ弾かれその隙に悶え苦しむ彼へと突進する。氷継ひつぎは朦朧とする意識の中で、迫り来るを薄目に認識する。


 ───くっそ……それが狙いかよ。徹底的に俺だけを潰す手。…………合理的かつ単純な戦法。だからこそ見落としてた!!!


「刀刹技式【牙突ガントル】」


 業名が耳に届いた時には、既に氷継ひつぎの左脇腹に刃が突き立てられていた。


「ガハァッ!?」


 それが最善で、戦場では良くある戦法ではある。一人が隙を作り、そこにもう一人が攻撃を繰り出す。だが、人間相手に使う機会はほぼない。あくまで対峙するのは人間ではなく、化け物なのだから。

 轟音と共に氷継ひつぎは体をくの字にして飛ばされ、壁に激突し煙が立ち込み、彼を隠す。二人は彼への勝ちを確信し、輝夜かぐやへと体を向ける。彼女はいつもの温顔を感じさせない程に顔を歪ませながら、【天誓てんせい】を構え直す。


 ───私のミスだ。八坂やさか君が戻ってくるまでには、何とか建て直さないと……


 輝夜かぐやは自分のミスを取り返そうと、二人に向かって床を蹴る。刻まれた術式を左手でなぞり、“エーテル”を流す。水色の光を宿し、式が発動する。


想継エーテル剣技式【神心ノ舞フェアリー・テイル】ッ!!!」


 不安と後悔の念が、光を曇らす。真意は強い影響力を持っている。故に、感情によって大きく左右されてしまう。上手くコントロールができなければ、魔力やエーテルは濁り、全てが弱体化する。

 光力は通常より低下し、水色に薄汚い灰色が混じったような色を発していた。輝夜かぐやは異変に気づいたが、特に気にせずそのまま突っ走る。

 優奈ゆうだいもそれに気がつき、顔をしかめる。彼は氷継ひつぎと同様にある程度のコントロールができるが、思春期真っ只中な為に乱れやすい。心意───感情のコントロールの練習を行っていない、一般学生の輝夜かぐやはもっと乱れやすいだろう。


「不味いね……輝夜かぐやだけじゃ、二人には勝てない」


 彼の予想が奇しくも的中し、彼女の剣撃は意図も容易く止められ、弾き返される。輝夜かぐやは驚きの表情になるが、すぐに切り替えて追撃に走る。だが、まともな打ち合いにはならず、刃を交わらせていく毎にだんだんと彼女の方が押されていく。

 二人の乱舞に輝夜かぐやは寸の所で回避と防御で耐えていた。彼女も薄々気がついた様だった。───勝ち目が無いことを。


「ふはははは!!大口を叩いていた割には、大したことない男だったな!!」


 真琴まことが高笑いと共に、未だ戦闘に参加してこない氷継ひつぎに向けて煽るように言った。彼の方を見ずとも、気絶していると確信した上での発言の様だ。まあそもそもしっかりと確認した者がいない為、会場にいる全員が”思っているだけ“ではあるが。


「全くですなあ、真琴まこと殿!!父親関係なく強い!なんてとんだ嘘っぱちでしたなあ!!」


 同調し、煽り重ねる。客席から彼ら系列の貴族や、氷継ひつぎの父、れんが序列外一位であることを翼思わない者達が賛同の声を上げる。次第には声援よりも大きくなり、一つの心意へと変貌を遂げる。


五月蝿うるさい、氷継ひつぎ君が負ける訳ないよ。誰よりも強い心を持ってる彼が!!」


 輝夜かぐやが歯を食い縛りながら、二人へと言い放つ。そしてそれは心意へと変わり、つるぎが応える。【エーテスタンス】が発動し、金色の微細な粒子が刃に纏わり、拡散する。が作用し、技式へと変換される。天宮あまみや家に代々伝わる技式へ。


「天宮流星穿術、星剣技式【星懴せいさん】!!!」


 金色の輝きを放ち、二人の刃を弾き返す。仰け反っている為回避行動ができない隙をついて、連撃を繰り出す。指揮者が振るう指揮棒を扱うように、軽やかに、そして美しい足捌きと剣舞。二人の上半身に叩き込み、彼らは立ち眩みを覚え、その場に静止して頭を手で押さえ付ける。だが、決めきることができずに彼らは回復し、再び輝夜かぐやへと刃が迫る。


 ───ああ、足りなかった……何もかもがッ!!


 悔しさは声に出さずに心に抑え込む。さっきよりも身体の融通が効かず、防御しきれずに何度も刃を叩き込まれる。その度に、頭が、心が悲鳴を上げる。遂にガードブレイクされ、【天誓てんせい】が手から離れて後方へと飛ぶ。カランカランと音を立てるのと同時に、二人は技式を発動させる。


「刀刹技式【牙突ガントル】!」


 清矢せいやが業名を叫び、凄まじいスピードと共に輝夜かぐやへ迫る。


「刀刹技式【牙刹ガロウ】!」


 真琴まことは彼の後ろを走り、緑色を輝かせる。

 輝夜かぐやは歯を食い縛り、二人を睨み付けた。自分の不甲斐なさと弱さを呪う様に。誰もが輝夜かぐやの敗北を確信していた。だが、それと同時に誰もが見落としていたこともあった。思い込みは時に身を滅ぼす。それが例え、練習だとしても。


「想いを司す不滅の誓いよ、汝を護る盾となれ───想継エーテル術式【宿壁スクートゥム】!!!」


 輝夜かぐやの目の前に、突如半透明の巨大な盾が出現し二人の刃を受け止める。彼女の目の前には、一人の少年が左腕を前に突き出して満身創痍ながらも佇んでいた。


「そうだな、俺は負けねぇよ」


 そう言って、氷継ひつぎはニヤッと口角を上げる。攻撃を防がれたことより、二人は彼がそこに立っていることに驚きを隠せない様子だった。それは二人だけでなく、会場にいる者達全員だが。


八坂やさか君!!」


「悪い、待たせたな」


 輝夜かぐやは満面の笑みで名前を呼ぶ。それに習う様に、氷継ひつぎも笑って返す。


「なんで、なんでそこに貴様がいる!?」


「なんでって……そもそも、いつ俺がダウンしたなんて言ったよ?」


「ッく!!」


 真琴まことの問いに、頭を掻きながら呆れ混じりに返す。苦虫を噛み潰した様な表情で、彼を睨み返して歯を食い縛る。

 氷継ひつぎは首をポキポキと鳴らして、黒い剣を構える。


「さて、リスタートだ」


 そう言って氷継ひつぎはその場から消える。正確には消えた様に錯覚させる程に速く動いた、と言うのが正しい。【宿脚クルース】を使用し、圧倒的スピードで真琴まことの懐に飛び込み、業を叩き込む。


想継エーテル剣技式【雷霆万鈞バースト・エクレール】ッ!!!」


 刹那、会場を雷撃が襲い、金色の光が轟く。客席の者達はその激しさと眩しさに思わず眼を瞑る。


「っう、眩しッ」


 アルベントが小さく溢し、手で眼を覆い隠す。


「少しだけヒヤッとしたよ、氷継ひつぎ


 優奈ゆうだいは眼を輝かせ、眩しさを気にも止めずに会場を見つめる。

 バリバリバリッと雷撃を纏わせた刃が、真琴まことの腹部へと直撃し、45連撃の刃の雨を受けて、くの字になり後方へと吹き飛び、壁に激突してそのまま意識を失って倒れる。

 ハァァァッと息を吐き出し、呼吸を整えて残った清矢せいやへと身体を向ける。氷継ひつぎへと観客席から声援が送られ、それを耳に聞き届けた。


「っく……まだ、まだ負けてないぞ!!」


「知ってるよ、だから早くやるぞ」


 そう言い放って、清矢せいやへと駆け出す。


 ───そろそろ身体が限界迎えそうだな。早々に決めねぇとな


 心の中で呟き、刻まれた術式に触れてエーテルを流す。空気中のエーテルを巻き込み、光は強さを増す。再び金色の輝きを放ち、氷継ひつぎは足へと力を込める。


想継エーテル剣技式【霹靂閃電リヒト・シュトラール】!!」


「負けてたまるかァァ!刀刹技式【言語伝記ラング・ビオグラフィー】!!!」


 氷継ひつぎへと雄叫びと共に、五連の突出した刃が迫る。彼はそれを全て身体で受け、それでも歩みを止めずに突き進む。複雑な軌道で迫る7つの連撃を初動の2撃だけ避け、それ以外は身体に受け止め、歯を食い縛りながら耐える。だが、彼の身体からは変換限界を迎えた結果、複数の傷口から血が吹き出る。


「ハァァァァ!!!」


 叫びながら突き出された、電撃を纏った一突きが清矢せいやの腹部へめり込む。血は出ず、無数の痛みが頭、心を襲う。


「ぐがぁぁぁぁ!!!」


 悲痛な叫びを上げながら真琴まこと同様に後方へ吹き飛び、壁に激突して気絶する。


「Cブロック勝者、八坂やさか&天宮あまみやチーム!!」


 男性教員の声が会場に響き渡る。演習場は歓喜の声と盛大な拍手で彩られる。

 氷継ひつぎは黒い剣を床に突き立て杖代わりにして、左手で拳を作り天へと掲げた。それを見て更に拍手は大きくなり、収まりが見えない。


 氷継ひつぎは不意に視界が揺らぎ、そのまま倒れて意識を手放した。

 

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