第16-1話 Cブロック─八坂チームVS五十嵐チーム

「さてと、ようやく俺達の番か……。なんか長く感じたな」


 氷継ひつぎは右肩を左手で押さえ、ぐるぐる回してストレッチをする。それに倣う様に輝夜かぐやも軽くストレッチを行う。

 体内を巡るエーテルの循環具合を感覚的に確め、深く息を吸って脳へと多くの酸素を送り届ける。吸ったばかりの毒を吐き出し、意識を沈めて集中力を高めていく。そんな二人を嘲笑うかの様に、談笑を繰り広げる貴族が二人。


「ようやく我々の出番ですな、真琴まこと殿!!」


 Bブロックの試合時、氷継ひつぎに言葉を遮られた金髪天パの貴族、五十嵐いがらし清矢せいやが隣に立つ同じく金髪センターパートの貴族に話しかける。


「そうだな、清矢せいや!!私達の力、存分に味合わせてやろう!」


 藤堂とうどう真琴まことは彼に同意を示し、指を鳴らす。口先だけでないといいが。彼らは笑ってはいるが、内心腹を立てていた、先の氷継ひつぎの態度に。貴族に、あろうことか平民の区分である彼が口答えなどあってはならないと。国が撤回したはずの貴族と平民の上下関係は結局消えることはなく、彼らの心に住み着いてしまっている。恐らく、国の上層部もこれを理解した上で何もアクションを起こさないんだろうが。

 だが、慢心は時に大きな力となる。それが心意だからだ。心意はエーテルを伝い、魔力すら強化する。故に、貴族達は強く同時に弱くもあるということだ。


「八坂君、大丈夫?顔怖いけど……」


 隣に立つ輝夜かぐやが、心配そうに氷継ひつぎの顔を覗く。天井に設置された天窓から、差し込む光が彼女の髪を照らして、透き通っているようにも感じる。

 氷継ひつぎは眼をゆっくりと開けて、彼らを睨みながら笑みを浮かべて答える。


「ああ、問題ない。勝負に関してもな」


 氷継ひつぎも指を鳴らして相手を見据える。それと同時に男性教員が置換想置を展開した。展開完了を確認した男性教員が右手を上げて、武装の合図をする。


「両者、構え!!」


 その声と共に、各々武器を構える。氷継ひつぎ輝夜かぐやは、愛剣をそれぞれ抜刀し構える。  

 清矢せいやは軍刀を、真琴まことはサーベルを構える。未だ彼らはニヤついているわけだが。


 ───なんだ?こいつら……。さっきからニヤニヤしやがって。ぶっ飛ばしてやりてぇな


 氷継ひつぎは心の中で悪態をつく。そう吐かれても仕方ない程に、下賎な笑みを浮かべている。何を企んでいるのか、もしそうなら、それはここにいる皆が考えもしないことかもしれない。

 観客席が騒がしくなり、気になった氷継ひつぎは首だけをそちらに向け、苦笑いを浮かべる。客席は殆どが学生で埋まり、反対側までびっしりと埋め尽くされていた。とは言え、まだまだ空きはあるのだが。


「よかった~、間に合って。おーい氷継ひつぎ!!見に来たよ!!」


 一番前の客席より金髪赤眼の少年、峯乘ほうじょう優奈ゆうだいが満面の笑顔と共に彼に向けて手を振る。何故、違うクラスである彼らがいるのか。氷継ひつぎは疑問に思ったが、当然答えには行き着かなかった。それを見越してか、優奈ゆうだいは口を開く。


「なんで?って顔してるね。今日は君のクラス以外三時間授業だよ」


 それだけ言えばわかるよね、といった表情と共に彼は着席する。

 三時間授業で尚且つ他クラスが模擬戦をしている。なら、情報収集も兼ねて観戦に来るのは当然と言える。まあ、そんなことを考えている生徒はごく僅かだろうが。大方、野球観戦でもする位の気持ちで来ているんだろう。優奈ゆうだいもその一人の様だった。

 つまり、今この総合演習場には、Ⅰ~Ⅶ全ての一年生が客席にいることを意味していた。


「はぁ……タイミング最悪だ」


 悪態を吐き、氷継ひつぎは意識を貴族二人に戻す。彼ら二人はこの状況に、寧ろやる気を見出だしていたが。

 両者が改めて意識を戻したことを確認した男性教員は、試合開始の合図を告げる。


「始めえぇ!!」


 合図と共に氷継ひつぎは二人へと床を蹴る。彼らも警戒心を高め、彼だけに刃を向ける。氷継ひつぎは素早く、エーテルを剣身に流すために左手で刻まれた術式をなぞる。術式は真紅の輝きを放ち、業へと変わる。


想継エーテル剣技式【紅き彗星レッド・ミーティア】!!」


 紅い彗星は強く目映い光を演習場一杯に輝かせ、その名如く、眼にも止まらぬ速さで二人に接近する。彼らは刃をクロスさせて、氷継ひつぎの業を受け止めようとするが、彼の勢いは収まらず、を弾いて紅い軌跡が二人の間を突き抜ける。

 その勢いで飛ばされそうになるが、二人はなんとか堪え、背を向けたままの彼へ雄叫びと共に、一斉に斬りかかる。氷継ひつぎ清矢せいやの軍刀を背を向けたまま剣身の面で左側に受け流す。よろけた瞬間、鳩尾に左足を軸に回し蹴りで後方へ吹き飛ばす。

 ワンテンポ遅れて頭上に降り注ぐサーベルの一振りを剣身に当てて左側に受け流して、その反動を利用して左拳を真琴まことの鳩尾に入れる。彼はサーベルを落として、鳩尾を押さえたままその場で呻き声と共に踞る。

 氷継ひつぎはバックジャンプを三回行って元居た位置───輝夜かぐやの隣に立ち、はぁぁっと息を吐き出す。それと同時に観客席からは拍手が巻き起こる。


「いきなり突っ込むからびっくりしたよ!」


 輝夜かぐやが若干呆れを含んで隣を見やる。


「ああ、悪い。まあでも、これで先制は貰ったぞ」


 悪い笑みを浮かべて、黒い剣を構え直す。

 観客席にて、優奈ゆうだいはこれでもかと言わんばかりの笑顔で氷継ひつぎを見つめる。ドスッと左隣に座る少女───アルベント・ノーブルイルに軽く肘でド突かれる。


「い、痛いな……アル。どうしたんだい?」


 左脇腹辺りを擦りながら苦笑いを向ける。


「ニヤニヤしすぎ」


 そう一言言って、直ぐに会場に目線を移した。

 優奈ゆうだいは「相変わらずだね」と微笑を浮かべて、再び会場の四人に顔を向けた。

 後方へ吹き飛ばされた清矢せいやは、苦虫を噛み潰した様な表情で立ち上がり、怒りを露にする。まだ軽い一撃を貰っただけではあるが。そして怒りに身を任せ、魔力を刀身の面に刻まれる術式に流す。それも、と言う心意で強化された魔力を。

 氷継ひつぎはそれを感じ取り、頬を引きつらせる。


「おいおい、まだ一発目だろうが」


 氷継ひつぎはそう溢して、左手にエーテルを集中させる。輝夜かぐやも魔力を使い、バフを降らせる。

 

想継エーテル剣技式【剣姫の声援クシポス・シンフォニア】!」


「……」


 【ミュスクル・キャンサード】討伐時同様のを発動させ、黄金の輝きと共に回復速度上昇、腕力上昇、脚力上昇を付与する。感覚的にそれを感じ、向かってくる清矢せいやに注意を向ける。

 彼はジリジリと氷継ひつぎとの距離を詰めていき、床を蹴って一気に距離を縮める。強化された魔力は刻まれた術式が、一般的な輝きよりもより強い輝きを放ち業が行使される。


「刀刹技式【言語伝記ラング・ビオグラフィー】……ッ!!!」


 小さく、それでいて力強く発せられた言葉を鍵に、より一層輝きを増して発動する。凄まじい気迫と共に、氷継ひつぎへと差し迫る。

 氷継ひつぎは彼の業に仮説を立てつつ走り出す。星剣技式以外の業に関しては殆ど頭に入っていない為に、あくまで仮説止まりなのだ。


 ───ッ!!あれは中級か、それ以上の威力……!!!


 氷継ひつぎは負けじと業を行使する。刻まれた術式は青い輝きを放ち、柄を逆手持ちに切り替える。


想継エーテル剣技式【霖雨蒼生レイニール・フォウレント】!」


 【霖雨蒼生レイニール・フォウレント】は優しく、暖かくも感じる青い光を発し、九つの連撃を繰り出す業。

 青い軌跡を描き、刃と刃がぶつかり合う。赤黒い粒子と青白い粒子が周囲に飛び散り、金属音を響かせて激しく剣戟を繰り広げる。


「心意は時に人の心を蝕む。彼は上手くそれを利用したんだろうね。…………あいつが押されてるよ」


 優奈ゆうだいはぶつかり合う二人を睨んで呟く。

 清矢せいやが発動させた【言語伝記ラング・ビオグラフィー】は、軽快なステップと共に五連の突きと上下左右へと複雑な軌道で7つの連撃を行う、刀刹技式の中では上位に位置する業。前の試合で真琴まことが「私ですら扱えない」と言ってはいたが、それはあくまで平常時の話。感情を武器にすれば容易に扱えてしまうのが貴族。【空間断絶ラウム・スクエア】や【星義執行フォルム・シュテルン】を意図せず発動させた悠香はるかとは違い、清矢せいやは意図的に発動させた、ということだ。

 優奈ゆうだいはそれに気がつき、危惧する。氷継ひつぎが負けることを。


 ───彼は手強いぞ、氷継ひつぎ





 

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