第19話 宿敵の飼育

 模擬戦とほぼ殺人未遂事件も無事に解決し、放課後。氷継ひつぎ優奈ゆうだいは生物飼育委員会の飼育場にて待機。まだ担当の教員が来ていない。他の委員会メンバーも揃っており、勉強する者、友人と会話する者、スマホでゲームをする者と様々。

 氷継ひつぎはパイプ椅子に腰掛け脚を組んで背もたれに寄りかかり、リラックスする。制服を着ていてわからないが、身体には依然として包帯が巻かれており、少し血で滲んでいる。驚異的な回復力を見せ、そこそこピンピンしている姿に優奈ゆうだいは苦笑いを浮かべた。


「相変わらずだね、氷継ひつぎ。もうこんなに動けるなんて、昔から変わらないね」


「っま、しぶとさは負けねぇからな。痛みももう殆どねぇよ」


 れんに似た豪快な笑みを見せて答える。

 数分後、担当の教師が現れ、説明が行われる。概要は、一人一体の【領界種】を飼育していき、本人の返答次第では相棒として卒業後も共に活動する、と言うものだった。ただ【領界種】というだけで嫌悪感を抱く者も少なくない。そういった偏見を無くす、その為のこの委員会とのこと。

 氷継ひつぎ達は教師に案内され、無数の巨大な檻が並び、一つの檻の中にまだ幼体の【領界種】が一匹ずつ収用されていた。同じ種類の奴らもいるが、その全てに同一は存在しない。少しの柄の違いがあり、核の大きさも少なからず違う。

 奴らは特に此方を威嚇などしてくるわけではなく、ペットショップにいる感じでリラックスしている。ただ、最奥の二匹を除いては。この中から、気に入った一匹を選び、三年間責任を持って飼育していく。それがこの委員会。


「あとはこの子達の中から好きな子を選んでね!決まったら今週中に名前を決めてあげて」


 教師はそれだけ言うと、来た道を戻っていった。

 生徒達は各々檻の前に行き、自分の相棒を決める為に吟味していた。氷継ひつぎ優奈ゆうだいと共に一番厳重そうな檻の前に立つ。檻と言うよりは独房に近いくらいで、完全に個室になっており、外側からは全く見ることができない。中からは巨大な咆哮が轟き、二人の恐怖感を煽る。


「こいつら人気ゼロだな……」


 氷継ひつぎが頭を掻きながら呟く。


「そうみたいだね……。僕らが貰おうか?」


 右隣に立つ優奈ゆうだいが彼の方を向き、笑顔で提案する。


「はぁ……楽なのがよかったけど、仕方ねぇな」


「飼育に楽も苦もないと思うけどね」


 的確にツッコミを入れて、咆哮が響く独房に視線を向けた。

 氷継ひつぎが重々しい扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。かなり力を入れて開けられたそれは、ガガガガガッと音を立てて解放された。二人の視界に飛び込んで来たのは、大量の鎖に繋がれた、黒い狼の姿をした領界種の幼体と伝説の鳥鳳凰を彷彿とさせる風貌の領界種の幼体が、鎖から逃れようと暴れまわっていた。それを見た二人は思わず言葉を失った。幼体でありながら、その身体から発するエーテルはとてもその小さな身体に収まっているとは思えない物だった。


「おい、この量のエーテルに耐えれる鎖どうなってんだ」


「相当な代物なんだろうね……。氷継ひつぎ、この二体の固有名はわかるかい?」


「悪いな、勉強不足なもんで全くわからん」


「それもそうだよね。とは言え、僕もこの二体は記憶に無いんだけどね」


「なんだ、お前でも忘れることってあるのな」


「忘れてるだけならまだいいんだけどね。と言うか、幼体でこれだけのエーテルを保持してる領界種なら、記憶に残ってると思うけどね」


「てことは教科書にも載ってねぇってことか」


 氷継ひつぎはスマホを取り出し【シード】を起動する。その中に搭載されているカメラを向けるだけで、その生物がなんなのかを判別する機能を使い、固有名を特定しようとするが、エラーコードが出るだけで固有名は出てこなかった。


「おかしいな、エラー出てきたぞ。そっちはどうだ?」


 氷継ひつぎと同じようにスマホを構える優奈ゆうだいに問いかける。


「僕の方も駄目みたいだ。……俄然興味が湧いてきたよ」


「はぁ……めんどくせぇなあ」


 二人は二体の領界種に向き直り、威圧するように体内からエーテルを放出して、奴らにぶつける。常人なら気絶してしまう位のは、独房を空間を揺らし、異変に気付いた室外にいる生徒達の視線が独房に釘付けにされる。奴らは一瞬怯むが、それを上回るエーテルを当てて相殺させた。互いにエーテルの放出を止めて睨み合う。数秒の沈黙の後、奴らは暴れるのを止めその場に体を休めた。彼らはそれを確認して息を吐く。


「僕は鳥さんの方を希望だけど、氷継ひつぎは?」


「正直どっちでもいいが、強いて言うなら狼だな」


「それじゃあ決まりだね!今日から僕が君のご主人様だぞ~」


 優奈ゆうだいはニコニコしながら羽を休める小さな鳥に近づき、頭を撫でる。鳥は愛くるしい声を出して彼に甘えだす。


「お前の飼い主はこの俺だ。絶対服従、いいな?」


 氷継ひつぎも彼の様に頭を撫でようと狼の頭に手を伸ばすが、勢いよく起き上がり威嚇を始めた。氷継ひつぎは手を反射的に引っ込め、眉をピクピクと動かし苛立ちを見せる。


 ───こ、こいつぅぅぅ!!!今すぐ斬り刻んでやりてぇ……!!


 ───案外可愛いねぇ。名前はどうしようかな……漢字にしようか、カタカナにしようか?


 全く真反対のことを考える二人が、何故こんなにも気が合うのか、殆どの者が理解できないだろう。幼少気を共に過ごし、正反対な性格の二人が幼いながらも剣で互いを理解した。昔からその道の才は見出だしていたのかもしれない。たとえ彼ら、『最強と最高』の血が無くとも。

 二人は家に帰ってじっくり名前を決めることにし、独房を後にする。飼育する相棒が決まった為、あとは帰宅するだけ。どうやら決まったの彼らだけのようで、他の生徒達は檻の向こうにいる領界種とにらめっこをしていた。


「いよっしゃ!帰ってゲームでもすっかな!!」


「ほんと元気だね、氷継ひつぎ


「あったり前よ!っあ、そうだそうだ連絡先交換しとこうぜ」


 氷継ひつぎは制服の内ポケットから、レザーのカバーのスマホを取り出して提案する。


「そうだね、えーっと【アドレッセ】でいいんだよね?」


 少しぎこちなくアプリ内にある一つのツールを開く。


「そうだよ。なんだ、使ったことないのか?」


 氷継ひつぎが茶化す様に笑う。


「……ゼロって訳じゃないよ?流石にやったことくらいあるよ」


 彼の連絡網には、両親と姉とアルベントとその妹と両親、他数名の友人とゲーム等の公式アカウントくらい。対して氷継ひつぎは普通科の時の友人が200人以上と家族、ゲーム等の公式アカウント。その差は歴然としている。無論、200人全員と話している訳じゃない為、そろそろ整理しようかと考えてるいようだが。

 優奈ゆうだいがQRコードを表示させ、氷継ひつぎがそれをカメラモードで読み取る。画面に優奈ゆうだいの猫のアイコンのアカウントが表示され、それを承認してトーク場を作成し、適当なスタンプを送る。


「これで完了だな」


 氷継ひつぎはスマホを閉じて、再び内ポケットにしまう。


「暇な時にでも送るよ」


「ああ、俺もそうするよ」


 二人は足並みを揃えて歩きだした。陽はまだ暮れずに春の陽気を漂わせていた。

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