第4話 模擬戦─八坂氷継VS灯擂雫

 氷継ひつぎは演習場ステージにて、手首を回したりして簡単に体を解しながら相手の観察をする。相手も同じ様にして、体を解しながら氷継ひつぎの観察をしている。


 氷継ひつぎの対戦相手は一年エーアストⅢに配属されてる女子生徒の灯擂とうらいしずく。黒髪で前髪がしっかりと切り揃えられておりその立ち姿はとても上品に見える。


 両腰には短剣を携えていて、黒と青色のデザインで、使われている素材はアダマントとエーテルを流しやすくなるエーテリウム、魔力を流しやすくなる魔鉱を使った業物。


 エーテリウムはエーテルが物質化した物でエーテルに共鳴しやすい鉱物。魔鉱は魔石の上位に当たる鉱物で、下から、魔石、魔鉱、魔楼鉱、魔星石、魔凰石の五つの存在が確認されている。魔楼鉱は三番目に頑丈で魔力の共鳴率が三番目に高い。一般的に使われている魔石は共鳴率が大体48%で魔楼鉱は67%と手に入り安さ的にもかなり重宝されているが、その分値は張る。


 何故こんなにも高価な物を一学生が持っているのか、それは彼女が貴族階級にあるからだ。一応天皇陛下を筆頭に貴族階級というのが存在してはいるが、その上下関係は無いに等しいが、その家柄に縛られアニメや漫画のように横暴な者も多いことで、近年問題視されている。余談だが、八坂家は貴族というわけではない。れんがそういったものには特に興味がない為、その話を貰った時に断っていた。無論氷継ひつぎも興味はない。


 対する氷継ひつぎは腰に携えた剣。特に華美な装飾はされておらず、言ってしまえばただただ黒塗りの片手剣。使われている素材はエーテリウムとミスリルに魔楼鉱の三つ。


 ミスリルはかなり高級な鉱物で中粒領域ここでは生成されず、現在生成が確認されているのは七十七個の領域。魔力とエーテルの共鳴率が非常に高く、約84%。とはいえれんが任務を大量にこなしてきたお陰で金銭的に困ることはない。


「英雄様の息子がどれだけの物なのか、見せて貰おうじゃないの」


「はぁ……どいつもこいつも比べやがって。貴族ってのは大口叩かねぇと死ぬ呪いかなんかなのかぁ?」


 完全に舐めきった態度で氷継ひつぎに声をかける。彼も彼で心底冷めた心から言葉を選んだ。


「それじゃあ二人共準備はいい?……両者構え!!」


 郷花きょうかの合図に二人は鞘から素早く抜刀し氷継ひつぎ右手に剣を持ち、上腕に左手を添えるようにして体の前に構える。対するしずくは短剣を両手に持ち、右手を前に左手を胸の当たりに構える。


「───始めぇえ!」


 開始の合図と共にしずくは一気に全身へ魔力を通わせ氷継ひつぎへ直進する。その合間に両方の短剣へ魔力を流す。その魔力に反応して刀身に刻まれている術式に光が宿る。小豆色に発行し剣技が発動する。


「短剣技式【陰陽皇オンブル·リュミエール】!」


 眼を見開き業銘を明言する。両手に握られた短剣は影に溶け光に消えた。この業は光と影、両方がその場に存在していなくてはならない物。片方が無ければその効果は半減してしまうが、扱いが難しい上位の業でもある。


 しずくは無造作に手を振りながら氷継ひつぎへと近付いていく。


「短剣技式【無象皇ノヴェル·リュミエール】」


 七つの斬撃を放つ業で、書き殴るように出す事から付けられた。

 陰陽皇オンブル·リュミエールによって短剣を視覚的情報と感覚的情報から遮断された状態での斬撃。それが計十四。放たれたそれすら遮断されている為、会場にいる人は誰一人として確認することができない。それでも氷継ひつぎは微動だにしない。


 ───これで終わり……れん様の長男と言うから期待してみたけれど、大したことなかったわ。これなら妹さんの方がましね


 しずくは心の中で軽侮の色を浮かべ落胆する。れんを尊敬し敬愛する程のファンである彼女にとってはある意味で裏切られたと感じたのだろう。


 その瞬間、陰陽皇オンブル·リュミエールが薄れる。と言っても、人間には視覚的には分からない、それこそ感覚的な所になってくるが。


「……濁ってるな、魔力その物の扱い方がなってない」


 そう言葉を吐き捨てるように言明し、眼を閉じる。


「何言ってるよ?防げなきゃ重症になるわよ?」


 その言葉に氷継ひつぎは嘆息し執行する。


「想いを司す不滅の誓いよ、汝を護る刃となれ───想継エーテル術式【剣理エーティル】」


 眼を開け、想いを乗せた言葉を紡ぐ。

 空気中に粒子として漂うエーテル物質を巨大な剣の形に模して七つ発現させ、自分を中心に円を描くように配置する。エーテルは想いを司る力。その想いが強ければ強い程形として現れる。


「───ッんな!?」


 全ての斬撃は半透明で巨大な剣によって阻まれ氷継ひつぎには届かない。

 眼を見開き驚きながらバックステップで後ろに下がり、短剣を構え直す。その眼には明らかな動揺が現れる。


「めんどくせぇもん飛ばしてねぇで、こいつで打ち合おうぜ」


 剣理エーティルを解いてしずく一直線に駆け出す。刀身に左手を乗せて刃先に滑らせ、刻まれた術式をなぞりエーテルを込める。鬱金色に輝き右から左へ払い斬り、そこから右上へ斬り上げ右下へ斬り下げる。


想継エーテル剣技式【三隔進行エース·ゲラーデ】ッ!!」

 

 素早く三角形の形に剣を走らせる、三連撃業。一撃目、二撃目は見事ヒット。三撃目、鬱金色の残像を残しながら上から振り下ろされる刃を、歯を食い縛りながら魔力を込めた短剣をクロスさせ受ける。


「ック……重い、うけ……きれない!!」


 ギギギッと徐々に短剣が内側に逸れていき、氷継ひつぎがエーテルの濃度を上げたことで更に力と圧が強まり一瞬手を緩めてしまった。


「はぁぁあッッ!!」


「ッあぁあ!?」


 その一瞬を逃さず、一気に振り下ろす。剣先から一筋の鬱金色の軌跡を描きながら放たれたそれはしずくの精神を蝕んだ。


 ───あ……やばい。数値が達しちゃう……!


 精神力を百の数値を限界値に設定された空間で、現在のしずくの数値は93%で今もなお上昇を続けている。激しい頭痛、目眩、吐き気、倦怠感が襲う。後ろに吹き飛んだしずくは短剣を手から落とし両膝をついて胸を押さえる。


「これ以上は危険だ、中止しろ。そして……降参しろ」


 氷継自信完璧にこのシステムを理解している訳ではないが、なんとなく危険性を感じていた。目に見える傷の全てが目に見えない傷に変換されるため、命の危険は無くなるが、それ以上に心にダメージを負う可能性を。


「───灯擂とうらいしずくを試合続行不可能とし、試合を終了しま───」

 

「ッまだ!まだ……できます!!」


「数値が止まった……面白いな」


 本来急激に上昇する数値が急に止まることは無いのだが、しずくの想いにエーテルが答えたのか上昇が止まった───まあ装置としては欠陥物かもしれないが。


「早く構えて……こっちはギリギリなのよ」


 落とした短剣を拾い構え直して、キッと睨みを利かせる。


「……十秒で終わる」


 そう言って氷継ひつぎは剣を鞘へと納め、軍の格闘術の構えを取る。その行動にしずくは苛立ちを覚えたが、直ぐに魔力を短剣へ流し氷継ひつぎへ投擲する。


「短剣技式【飛翔皇エア·リュミエール】」


 氷継ひつぎは身体に巡るエーテルを両手両足に集中させる。凄まじい速度で真っ直ぐ向かってくる短剣を屈みながら左側のを右手で、右側のを左手で掴んで投げ捨てる。しずくがその行動に狼狽えている内に脚に力を込め、しずく目掛けて突き進む。

 

 ───力は抑え気味で、軽く……


 しずくの目の前で急停止し、その勢いを殺さない様にして引いておいた右拳を腹部目掛けて放つ。触れたのはほんの少し、それでも気絶させるには十分な威力を受けたしずくはフッと意識が途絶え、氷継ひつぎにもたれ掛かる。全身の力が抜け、力強く握られていた短剣は地に落ち会場に甲高い音を轟かせる。


「これで十秒だ」


 しずくを抱き止め呟く。念のため呼吸の確認はしたが、問題なかった。


灯擂とうらいしずく、戦闘不能。八坂やさか氷継ひつぎの勝利!」


 会場は拍手喝采。一方的と言えばそうなってしまうが、両者共に業の応酬であり、見事な物だっただろう。


「お疲れ様、八坂やさか君。流石だね、ついこないだまで普通科だったのに」


「トレーニング続けてたからな。それより灯擂とうらいさんに治癒魔法とかをしてもらっていいかな?」


「うん、任せて」


 戦闘以外はそこまで口調が荒くない氷継ひつぎ輝夜かぐやしずくの回復を任せて会場を後にした。



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