第4.5話 二人の心境

 氷継は控え室で剣を抱えて端の方で床に座りこむ。まだ手の震えは止まらない。

 震える右手を左手で包み込んで、抱えていた剣ごと胸に寄せる。息苦しいのか少し息が荒い。何年も錆びついたままの歯車を勢いよく急に回転させれば壊れてしまうように、エーテルが通う回路を随分使わずに生活してきたのだ。急にこじ開けたらこうなるのも無理はない。

 身体中が熱くなり、ガチャリガチャリと鍵が外されていく。そうして全ての鍵がしっかりと外れ、澱みなく心臓からエーテルが全身へ送り出される。


「……ああ、なんだこの様は。あっちの方がよっぽど強ぇじゃねぇか。これでよく世界変えるなんて大口叩いたな……貴族となんも変わんねぇ」


 震えが止まったのを確認して手首を回して息を吐く。


 ───しばらくここに居よう。雨宮さんの試合もまだだろうし


 少しぐったりとして目を閉じる。そのまま夢の中へと入っていった。



 女性用控え室では眠りから目覚めた一人の少女が天井を遠い目で天井を見上げていた

 貴族としての誇りを挫かれ、圧倒的な力の差を見せつけられた。いや、本来なら有り得ないことなのだ。つい先日まで普通科に通っていた人間があまつさえ幼少の頃から教育されてきた人間にこうもあっさり勝てるはずがない。

 歯をくいしばりながら右手で作った握り拳で壁に八つ当たりする。痛みを伴って虚しく反響し耳に響く。今はそんな少量の音ですら騒音の様に思える。


「…………あんなの反則でしょ、天才にはいくら努力しても追いつけないの?それとも……まだ足りないの?」


 そんな悲痛の叫びを漏らしながら、側に置いた愛剣を見つめる。

 しずくが七歳の時、入学祝いで歳の離れた姉が名匠にオーダーで作成の依頼をした世界に一つだけの二振りの刃。それが彼女の武器【翳祓えいふつ】。貴族の長女と言えど当時は17歳、とても簡単には払える額では無かっただろう。それだけ妹思いだと言うことがわかる。そんな想いが詰まった二振りと共に訓練を積んで迎えた高等部への進級式。憧れの英雄の息子との模擬戦に心を躍らせた。それでも一方的にやられ心に剣を振られた。


 ───切り替えないと、まだ一回目だもの。努力はきっと裏切らないから


 そう心に言い聞かせて控え室を後にした。


「あ」


「ん?」


 丁度同じタイミングで控え室の扉が開き、控え室は向かい同士なので目があった。


「怪我して無い……ですか?」


 氷継ひつぎは一瞬タメ口になりそうになったがグッと堪え、敬語に変換した。


「え、ああ……大丈夫よ」


 少し戸惑いながらも何食わぬ顔で返答する。氷継ひつぎも心の整理に区切りをつけ、輝夜かぐやの観戦に行こうとしていたところだった。

 変な沈黙が流れ、氷継ひつぎが歩き出そうとした所でしずくが声をかけた。


「あの……一緒に行かないかしら」


「……貴族様のお誘いは無下にはできないよな、いいですよ、わかりました」


 そう答えて氷継ひつぎしずくの隣に立ち、足並みを揃えて向かうのだった。

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