乙女解剖【残酷描写あり/暴力描写あり】
十九世紀、
昼間からジンに溺れる貧民街、ホワイトチャペル地区で、娼婦メアリーの死体が見つかった。
顔も体も切り刻まれるという残忍な殺害方法に、世間は騒然となり、犯人は
そして、私はメアリーを切り刻んでいる彼を見ていた、たった一人の目撃者だった。
通称ジャックは、随分とイカレた男だった。
メアリーは娼婦の中でも年を重ねているほうで、五人の子持ちだ。彼女はアルコール中毒で、ジャックと出会ったときも酩酊していた。
彼は首元を一瞬で引き裂くとメアリーの体に医者がメスでも入れるかのように、躊躇なくナイフで体を引き裂いていった。
その目に映る狂喜といったら、恍惚に浸って弛んでいる口許といったら……。
私は一瞬で惹きつけられた。
見つけてしまった。
彼は最高の玩具だ。
それから間もなく、ジャックは二人目の娼婦に目をつけた。
娼婦アニーもアルコールに依存している貧困者で、体を売ることで足りない生活費を補っていた。
ジャックはアニーを窒息させると、メアリーを切り裂くときに使ったナイフをアニーの体に突きたてた。
余程興奮しているのだろうか、乱れたジャックの息が、数メートル離れた私の耳にも届いてくる。
「それって楽しいかい?」
人に見つかったことに驚いて、ジャックは体を縮めた。
怯えているのか、体を震わせて私を見上げる。
まるで、母親に怒られた子供のようだ。
「ああ、気分を害したならすまないね。でも、犯罪というものは常に美しくなければならない」
ジャックは私の行動に戸惑っているのか、右へ左へ視線を彷徨わせている。
「キミの犯行には、美しさが足りないんだよ。
私はジャックのことをあえて調べることはしなかった。
彼が犯行を続ける限り、また会うこともあるだろうと思っていたからだ。
目撃者のいないことで警察も随分と手を拱いているようだ。
深夜の、一段と濃い霧の街の中で、私は馬車から降りた。
ホワイトチャペル地区は今日もジンに溺れる者たちが、酔い潰れて道の端に転がっている。
私の革靴の音だけが、死んだ夜の街に響く。
カツ。カツカツ。カツカツ……コツ。
ふと、私の足音以外の靴音が混じってきた。
犯罪のにおいに、背筋が震える。
人気のない方へ進むと、足音はリズムを崩した。
間合いを詰めてきたのがわかる。
「ここで私を殺すかい?」
振り返ると、先日、
左手には彼のお気に入りのナイフが見える。
ジャックはほんの数秒逡巡して、首を振った。
「じゃあ、美しい犯罪に興味を持ってくれたのかね」
ジャックは、頷いた。
「美しい犯罪っていうのは――」
こうして、私は
そして、夏も終わり、秋の入り口に差し掛かった頃。
ジャックは第三の殺人の途中、見つかるという失態を犯した。
彼の犯罪の証でもある、臓器を奪うことが出来なかった。
「顔は見られなかったんだ。次は失敗するなよ」
丁度その時、視界に新しい獲物が映った。
まだ渇きの癒えないジャックの喉がこくり、と鳴る。
「いいよ、行ってこい」
第四の殺人。ジャックは欲求の全てをぶつけるかのように、キャサリンにナイフを突き立てる。
私は犯行現場の近くの壁にチョークでメッセージを書いて、ジャックの裂いた腹から腎臓を取り出すとアルコールに漬けた。
後日警察に送り届けると、世間を絶望へと突き落とした。
「やあ、ジャック」
真夜中のホワイトチャペル地区。
品定めするかのように、次の殺人の標的を探していたジャックと私は呼び止めた。
「次の標的だけれど――」
ジャックは、話を聞いた当初、首を横に振って拒否を続けていたが、私の「警察に突き出す」の一言に、渋々頷いた。
イーストエンドの、彼女の住むアパート。
メアリー・ジェーン・ケリー。二十五歳の娼婦だ。
ジャックが、娼婦を嫌いになった原因の女だった。
ジャックは彼女に片想いをしていた。
何度も彼女の元へ通い、手酷く裏切られて、娼婦を憎むようになった今でも、彼女だけは手にかけようとしない。
私はいつものように現場でジャックの様子を楽しんでいた。
最初は、震えていたジャックも、次第にいつものようにナイフを振りかざすようになっていた。
首、顔、腹部……。
死体は元の姿を無くしていく。
瞬間、ジャックの目から、涙が零れた。
ああ、この玩具も終わりか。
私はジャックに興味が失せて、ケリーの部屋を後にした。
その後、ジャックの代わりになる
ジャックの行方は誰も知らず、ロンドンにはただ恐怖の夜が残されただけだった。
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