カーテンコール




 高校時代の演劇部仲間なんだよね。

 廃部寸前でさー、五人しか居なくて。

 なー。顧問も演劇未経験でな!


 がやがやと騒がしい大衆酒場でも、一際騒がしいグループに僕は居た。

 みんな、ワイシャツを着て、ネクタイをして……もう職場では中堅として頑張っている年齢で、六人の内四人は所帯を持っているし、中学生の子供もいる。


「そんで? 天見あまみくんは、今劇作家やってるんだって?」


 急に話題を振られて焦った。

「はい。まあ、一応」

 それだけで食べていけないので、サラリーマンとの兼業ではあるが、小さな劇団の劇作家をさせては頂いている。

 みんなが一斉に頷いて、感心してくれているのがわかった。

「そーそー。元々小説家志望だったのに、大学卒業したら劇団に所属してるから何事かと思った」

 話しながらも、通りかかった店員さんに「ビールください」と、器用に声をかけていた。

「すごい、いい脚本だったよ」

「昔のやつをリメイクしてくれたんだよね。懐かしくて、最初の読み合わせ、泣いたよな」

 久しぶりに褒められて、僕は照れ隠しにビールを飲み干した。

 ご縁があって脚本を任されたはいいけれど、自分の劇団や仕事もあって、テツヤ以外の四人とちゃんと顔を合わせるのは今日が初めてだったりする。

「天見もビール?」

「うん」

「すいませーん、ビール追加で」

 僕の紹介をしてくれた彼、成沢テツヤは僕の大学時代の友人だった。

 そして、ここに集まっている僕以外の五人は、彼の高校の同級生で、演劇部に所属していたらしい。


 人は、人生の節目というものを大切にする。

 僕たちは、三十代最後という節目を迎えつつある中で、三ヶ月前、テツヤはかつての演劇部の仲間に「最後の公演をしよう」と声を掛けた。

 仲間達はさすがに躊躇いはしたものの、テツヤの案に乗ることにしたという。


 ――最後の公演をするために。


 テツヤ達の居た高校は、スポーツを重視していたらしく、演劇部は新入部員がいないことから廃部が決定していた。

 そんな中迎えた三年生、最後の学園祭。

 避難警報が出るほどの大雨に見舞われて、学園祭そのものがお流れになってしまった。

 そのまま五人は舞台に立つこともなく卒業。

 五人にとって最後の公演は、幕を開けることなく終わってしまった――ということらしい。


「しかし、この年になってから劇をしようって誘われるなんて思わなかったよ」

「ホントにな」

「テッちゃんが早くしないから、西元なんてハゲ散らかしちゃってるしな」

「まだハゲてないわ!」

 五人の会話は弾み、呑むペースも速い。

 空のジョッキがテーブルの端に並んでいく。

 酒も手伝ってか、思い出話は尽きることなく、延々と続く。

「程々にしとけよ。明日が俺達にとって、公開初日で千秋楽なんだからな」

 そう言ってビールを仰ぐテツヤの目が、涙を堪えているように見えて、ぎゅっと胸が痛くなった。



「さてさて、帰りますかね」

「お疲れ」

「じゃあ、また明日な」

 みんなそれぞれ帰路につく中、テツヤが僕を手招きした。

「わりーな、変なこと頼んじまって」

「脚本のこと?」

 店の前に置かれたベンチに腰掛けて、彼はタバコに火を点けた。吐き出した煙が、夜の闇に溶けて消える。

「……ずっとな、喉に小骨が刺さったみたいだったんだ」

 彼の話したい気持ちを察して、隣のベンチに腰を下ろす。

 テツヤはまた一口吸うと、ふっと吐き出した。

「お前の劇団の公演に招待されて、客として観て、後悔した。俺達の舞台はまだ終わってないんじゃねーかって。このままでいいのかって」

「……みんな同じ気持ちだったんだ。だからテツヤのこの計画に乗ってくれたんだろう」

「たぶんな」

 テツヤは笑って、ベンチの横に備えられた灰皿にタバコを押し付けて火を消すと、立ち上がった。

「ありがとうな。お前が居なかったら、明日を迎えることもなかったよ。脚本だけじゃない。劇場の手配からスタッフさんの確保まで、助けてもらってばっかだ」

「そんなことないよ」

 僕はテツヤの背を見つめながら、今所属している劇団のみんなを思った。

 誰だって、舞台を愛していて、みんな同じように夢や情熱を持っている。

 だから、テツヤの気持ちに心が動いたのだろう。

「テツヤの強い思いがあったから、みんな手を貸したいと思ってくれたんだと思う。僕もその一人だよ」

「……明日、楽しみにしていてくれよ」



 六月一日。土曜日の夜なのに、劇場は奇跡的に空いていた。

 百五十人のキャパは、正直埋まるのか心配していたけれど、さすが五人とも社会人なだけあって顔が広い。高校、大学の同級生から、取引先の人まで来てくれることになり、席が埋まるのは思いのほか早かった。

 台本が出来てから二ヶ月の間、五人は時間を見つけては練習に費やしたのだろう。

 昨日、お酒の席の前に初めて五人の劇を通しで見せてもらった。

 お世辞にも上手いとは言えないけれど、この日を迎えたい気持ちが全面に出ていて、この脚本に携われてよかったと素直に思った。

 きっと観客にも伝わるはずだ。


「うわー」

「こうして見るとやべーな」

 舞台の袖から観客席を覗く。百五十人の前に立つことは、彼らにとって廃部になる以前の演劇部の活動以来だろう。

「天見くん、席に座らなくていいの? わざわざ買ってくれたって聞いたけど」

「僕にはここが特等席なんで」

 五人の最初で最後の劇を舞台袖から見届けたい。

 今、僕の空席は、テツヤの子供が持ってきてくれた、クマのぬいぐるみが座っている。

「そろそろ行こうか」

「ほら、天見くんも」

「え、いいんですか」

「なーに言ってるんですか。もう俺達は仲間っすよ」

 ぐるりと輪になって肩を組む。

「それじゃあ、俺達の最後の公演を取り戻しに行くぞ!」

 おお、と声が重なった。


 トップバッターのテツヤが舞台へと出て行く。

 そして、二人、三人と光の中へと出て行った。

 僕は光の当たらない舞台袖から、彼らの姿を見守った。

 キラキラした光に包まれた彼らは、高校生の頃を彷彿とさせる。



 ――これが最後だなんて、もったいないなぁ。

 


 そっと暗闇で涙を拭う。

 彼らのカーテンコールが終わったら、万雷の拍手を聞きながら、一緒に泣くことにしよう。



 


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