第46話 聖域
「どこ行ってたのよ陽介チャン、探したわよ」
「よーすけお酒くさーい」
リベルタから一時間近く探したと言われ、スピカは鼻を摘んだ。
「みんな、聞いてくれ。もう時間がないんだ」
一呼吸おいてから、陽介はバーで赤屍から聞いた話を伝えた。
「あいつ、神様のお力を使ってこんなことばかりしたのね、余計許せなくなったわ」
「奴が世界の管理者になれば、世界そのものが思うまま……なんと恐ろしい」
アリエッタとフラムは憤っていた。
「前から思ってたんだけど、この世界の神様ってどこにいるんだ? どうしてこんなに世界がめちゃくちゃになっているのに、何もしないんだ?」
陽介は気になっていた疑問を口にした。
「神は世界を創られた後、聖域に眠られたという話が残っているな。世界を見守り平穏を願う使命は、娘のピアーチェ姫に託されたと聞いている」
「それじゃ、ピアーチェ姫に会えれば……」
「姫はもう亡くなられている」
「えっ」
「……陽介と出会った時からわかっていた。姫が召喚の魔法を使われたのだと」
フラムは重い口調で淡々と話す。
「召喚魔法って、なんか不都合なことでもあるのか?」
「己の命と引き換えに、異世界からこの世界を救うに値する者を召喚する魔法だ。これだけ理が書き換えられても、使うことが出来たのだな」
なかなか言い出せないフラムに代わって、テラが答えた。
「……それって、じゃあ俺は――」
陽介は背中に冷や汗が流れていくのを感じた。自分がこの世界にやってきた時から、人の命を奪っていたことになる。ここまで来たが、果たして自分はそれに見合うだけの人間だったろうかと、自責の念が募る。
「罪の意識など感じるな陽介、呼ばれたお前が悪いのではない」
フラムが肩に乗り、ぺしぺしと前足で頬を叩いた。
「それほどまでに、この世界が危機に瀕しているのだ」
「行きましょ。失われた命は戻ってこないけど、これ以上被害を出さなくていいように」
リベルタに背中を軽く叩かれて、陽介は宮殿へ足を踏み入れた。
遠くからでは感じなかったが、綺羅びやかな内外装からは考えられないような、重く淀んだ気配が際限なく流れ出している。全身の毛が否応なしに逆立つような空気が張り詰めている。
「いたぞ! 捕まえろ!」
入るなり重装備の警備兵に囲まれるが、テラとミネラが前に出て薙ぎ払っていく。鋼鉄の甲冑などなんのその。砂糖菓子のように陣形は崩れ落ちて、小さな道が開いていく。
「我らに構うな、先を急げ」
「わかった。任せる!」
陽介はテラの腕が完治していないことを知っていたが、残された時間を考えその場を任せ、先へ進んでいく。
「魔戦士、貴様と共に戦う日が来るとはな」
テラは少しだけ嬉しそうに言った。
「これが終わったら、次は貴様だ精霊」
二人は背中合わせになって、武器を構えた。
後方から聞こえる金属音に振り向きそうになるが、ぐっと堪えて先へ進む。スピカが言うには、大扉の向こうはハーレムになっているらしい。
しかし、そこはハーレムと呼ぶには余りにも生々しい場所だった。陽介は大奥や宮中のように仕切る人が居て、その下に女官たちがいる狭い一つの社会だと思っていたが、現実には葡萄酒の池が広がり、果物を手にした全裸の女達が踊り狂う、性的無法地帯だった。陽介のことをエルメスだと勘違いしているようで、子種をねだりに群がってきた。他の仲間たちにも、こっちへいらっしゃいと近づいてくる。
「ゆうしゃさまー」「こづくりしましょ~」「いきをしていらっしゃるなんて! ああ、すごいですわ、さすがゆうしゃさまですわ」
「うわわわ、こっちにこないでくれ!!!」
昨年彼女と別れたばかりの陽介には大変刺激的な光景ではあるが、大事な部分はピクリとも動かない。いくら美女とはいえ性欲に飢えた全裸の女たちが、髪を振り乱して囲ってくる恐怖のほうが勝っていた。奴隷として売られていた少女たちの話から考えれば『魅了』スキルの効果なのだろうが、これではまるで洗脳だ。
「うっぷ……化粧や香水も混ざって、匂いの時点でもう不細工って感じ。予想してたより五十倍は酷い有様ね」
リベルタは口元に手を当てた。これだから女って嫌なのよと悪態をつく。
「ほらほらお退き!」
突風巻き起こすが、驚いたことに女達は吹き飛ばされず数歩下がるだけだった。
「こいつら、ただの人間じゃないよ!」
迫りくる女達に数で押さえつけられ、アリエッタは身動きを封じられてしまった。
そんな中、スピカは女の腕に噛みつき、足を踏みつけた。怯んだ隙に、ひょいと拘束から抜け出す。
「ここの人間はスピカたち以外は物だって、エルメス言ってた。だから壊したっていいんだよ?」
そうあることが当たり前のように、スピカは容赦なく女を殴ったり蹴ったりして、アリエッタとリベルタに群がる女を引っ剥がす。
「ダメよおチビちゃん、人の命はそんな乱暴に扱うもんじゃないわ」
スピカはリベルタにコツンと小さく頭を叩かれ怒られた。
「来ないでくれええええええええ!!!」
一方陽介が女達から犯されたくない一心で逃げ回っていると、葡萄酒の池中央の飛び地に、大きな水晶が浮かんでいることに気づいた。そこだけ女が密集している。まるで守ろうとしている様子だ。
(遠隔で長い間大勢を操るには、装置が必要なんだ。それなら……)
「アリエッタ、あの池をどうにかしてくれ! 水抜いてくれるだけでいいから!」
「ええっ!? わ、わかった、やってみるよ」
池の水を抜いてどうするんだろうと疑問に思いつつも、アリエッタは杖を振りかざし、女たちもひっくるめて天井に浮かせた。
「ありがとう! よっし、これでも喰らえっ!」
少し勢いをつけて飛び地にジャンプすると、水晶を買ったばかりのショートソードで叩き割った。
女達はスキルの影響から開放され、理性を取り戻した。
「やだ、私どうしてこんなところに?」「ここ、どこ?」「わたくし、何をしていたのかしら……?」
急に全裸であることを恥じ、腕で胸や下半身を隠そうとする。中には男が入ってきたことに悲鳴を上げる者もおり、陽介とフラムはいたたまれない気持ちでぎゅっと目をつぶっていた。
「はぁ……せめて布くらいなくっちゃね。おチビちゃん、物があるところまで案内して頂戴」
「えー、ほっとこうよあんなの」
スピカは嫌そうに首を横に振った。
「アンタには道徳から教え込まなくちゃいけないわね。行きなさい陽介チャン、この女達はアタシらがどうにかするわ」
リベルタはスピカをひっつかんで小脇に抱えると、大扉から出ていった。嫌いとは言っているが、見捨てられないのだろうと陽介は思った。
残った陽介とフラム、アリエッタは、ハーレムを抜けて廊下に出た。
どこまでもまっすぐ伸びる長い廊下を走っていると、大きな肖像画があった。フラムに言われて、陽介は足を止める。
「この方がピアーチェ姫だ」
陽介の夢の中に度々現れたシルエットにそっくりだった。
「いつも優しくて、人からも魔族からも愛される方よ」
アリエッタは敬意を持って、肖像画に祈りを捧げた。
(どうしてだろう。夢の中以外でも、会ったことがあるような気がする……)
陽介がぼんやりと肖像画を見つめていると、行くぞとフラムに急かされた。止めたのはそっちだろと言い返して、廊下をまた走る。
肖像画を過ぎても続く長い廊下の先には、頑丈な鉄の扉があった。閉まっているが、鍵は開けられたままだ。
「こんのっ……!」「開けっ……!」
三人で力いっぱい押すと、聖域の重く閉じられた扉が開いた。
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