第45話 BAR DZFL

 宮殿前広場には店が並んでいるが、陽介たちの姿を見るなりドアは閉められ、鍵のかかる音がそこかしこから聞こえる。


「お~じさん。なんかちょうだい」

 そんな中、まだ閉まっていないこじんまりとした商店に、スピカは駆け寄っていく。

「す、スピカのお嬢さん……ご、ごめんねぇ、何も売るなって命令されているんだよ」

 バツが悪そうに閉めようとする店主を、スピカはニヤニヤ笑って見つめる。


「ふぅん。じゃ、またイタズラしちゃおうかな?」

「そ、それだけは勘弁してください!! また食料品に虫魔族の死骸を入れられたら、今度こそうちは潰れてしまいます!!」


「だったら、わかってるよね? おじさん優しい人だって、スピカ信じてるよ?」

 とても九歳の女の子がするようなものではない、心の底からにじみ出る悪い顔でスピカはにじり寄った。

「う、う、うぅ……好きなだけ持っていってください……」


「ねぇねぇ、ここのおじさん売ってくれるってー!」

 ニッコリ笑顔で、スピカは戻ってきた。恐怖で顔がひきつる店主を横目に、装備や食料品を買い込んだ。不要になった盾なども『快く』引き取ってもらえた。


「この服もボロボロだし、新調しなくちゃな」

「それは私の炎を受けた服だ。清めてやろう」

 陽介が脱いだ服はフラムの炎に包まれると、ボロ布同然だった状態からシワひとつない新品に戻った。

「おおー、すげぇ!」


「それ、やっぱりフラムの祝福がしてあったんだ。それじゃああたしからも」

 アリエッタは指先をくるくる回し、泡を作って陽介の服を包み込んだ。腕から手の甲にかけて薄い水色に染まる。


「アタシも祝福、授けちゃうわよ。ここから先は敵の本陣、一緒に行動できるとは限らないものね」

 リベルタからは投げキッスを受け、胴体部分は深い緑色に染まる。風通しが良くなり、着心地バツグンになったわと言われた。


「我も与えよう。異世界の勇者に」

 テラの手が触れたブーツは濃い茶色に染まり、よりしっかりと地面を踏みしめられるようになった。軽さは変わらず、動きに支障はないそうだ。

「みんな……! ありがとう!」

陽介は礼を言って、新しくなった装備に袖を通した。





 買い込んだ食料で早めに食事を済ませた陽介は、ぼんやりと椅子から通り沿いを眺めていたのだが、ふとある店の看板に目が止まった。この世界の文字はひらがなを崩したようなものだったので、今までなんとなく読めていたのだが、その店だけはアルファベットで『BAR DZFL』と表記されている。


「なんだろう、この店」

 好奇心からふらふらと店に近づきドアを開けると、そこはバーだった。今まで見てきた大衆酒場とは違いこじんまりとした雰囲気で、町並みや風景のスナップ写真がコルクボードにピン留めされている。内装は現代日本にあるものとほぼ変わらず、メーカー名のロゴが光るスピーカーからは、聞き慣れないジャンルの曲が流れている。


「ここだけなんだか現代っぽいな……」

「こっちこっちー、待ってたっすよ」

 店内を見回していると、カウンターに座っている人物が陽介に向かって手を振っている。


「どーも。陽介クン、お久しぶりっす」

「あの時の死神!? どうしてここに」

 赤いスーツに身を包んだ死神の赤屍だった。アルデバランの攻撃を受け、死の淵を彷徨っていた時に出会ったが、それきりだったのですっかり忘れていた。


「まぁまぁ座ってくださいよ。ドズ、いつもの」

 赤屍はカウンター内の店主に声をかける。

「いつものじゃわからん」

 店主は煙草を燻らせ、そっけない態度で返す。


「冗~談だって、ドズフル店長。俺はカルーア・ミルク、陽介クンにはジャック・ローズを一杯」

「あいよ」

 店主は心底ダルそうに煙草の火を消し、仕方なさそうにカクテルを作り始めた。


「ここの常連なのか?」

 陽介は赤屍の隣に座った。

「そんなとこっすね。ここは世界の狭間にある店だから、仕事サボって暇潰すのに最適なんすよ」

「世界の、狭間?」

 突然話のスケールが大きくなり、陽介は混乱した。呼ばれたことで自分がいるところとは別の世界がある。ということはわかったが、隙間があると言われても正直なところよくわからない。


「家と家が隣り合っていてもくっついていないように、世界と世界の間にも隙間があるんすよ」

「へぇ……」

 説明されてもあまりピンとこないが、とりあえず納得した素振りを見せておいた。


「それよりどうっすか? 絆の力、気に入ってくれたっすか?」

 陽介がわかってないことを察したのか、赤屍は話題を変えてきた。

「ああ、おかげでここまでこれたよ。ありがとう……って、死神に言うのはなんかおかしいかな」

 あのスキルがなければ、まず間違いなく死んでいただろうと思うと、自然と感謝の言葉が出た。


「いやいや、君に死んでもらっちゃ困るっすから、役に立ったようで何よりっすよ。そうそう、うちのおカミから許可下りたんで、これを渡しておくっす」

 赤屍から紫色のビーズが連なる、一昔前の携帯ストラップのようなものを貰った。ちょうど腰にぶら下げておけそうなサイズ感だ。


「これは『死の守護』っす。ヤツのスキルもチートも、元を辿ればその世界のおカミの力。これを身につけておくことで、奴の力を『一部』無効に出来るっす」

「全部じゃないのか……まぁそんなに上手いこといかないよな」

 陽介はストラップを見てため息をついた。


「そう落ち込まないでくださいよ、こっちも精一杯キミのこと応援してるっすから。でも、早いとこヤツの魂回収してこないと、上司にこっぴどく怒られちまうんすよ……もう時間がないっす」

 ヘラヘラと笑っていた表情が、急に真剣な表情に変わる。


「ヤツは今宮殿の最奥部、この世界の力の根源になってる聖域ってとこにいるっす。そこでおカミから授かった力を使って、世界の管理者になるつもりっす」

「聖域……管理者になるとどうなるんだ?」


「おカミより上位の存在になり、世界を創ることも壊すことも、文字通りなんでも出来るようになっちまうっす」

「なんだって!?」

 これまで散々人や精霊や魔族を傷つけてきたのに、それだけじゃ飽き足らず今度は世界まで思い通りにしようとしていると知り、陽介は面食らった。しかも次は神を超えようとしている。もしそうなれば魂の回収は不可能になり、死神が総出で世界ごと消滅させるような大騒ぎになると付け足され、陽介は居ても立ってもいられなくなった。


「おまちど」

 出されたカクテルをぐいっと一杯引っ掛けた陽介は、赤屍に手を振って店の外に出た。振り返ると、扉があったはずの場所は、ただの白壁になっていた。





「……赤屍チャン、あの人間お気に入りなの」

 店主がグラスを片付けながら言う。


「陽介クンはやってくれそうな気がするんすよね~。ま、どのみちこれは俺らと奴らの戦争、彼は代理でしかないんすけどね。自分の手を極力汚さないで、事が進むに越したことないっすよ~」

 赤屍はもう一杯おかわりを要求し、断られるのだった。

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