第44話 秘密の抜道
「……スピカ?」
カノープスの凶針に倒れたはずのスピカが生きていた。金髪をなびかせ、何故かメイド服を着せられている。
「よかったあああああああ生きてたああああああ!!!!」
陽介はスピカに駆け寄り、ぎゅうっと力強く抱きしめた。
「いたたたた……な、なんなのよあんた! レディーに気安く触るんじゃないわよ!」
スピカは苦しそうに身をよじって腕から抜け出すと、陽介の腹をポコポコと叩いた。
「ああ、ごめん。嬉しかったからつい……」
陽介は慌てて手を放した。
「……でも、嫌じゃない。お兄ちゃんは……エルメスはどんなにスピカが頑張ってもご機嫌のいい日じゃないと撫でてくれなかったから」
あの後スピカは司祭ロブ・ロイの手で治療され、今は魔王の身の回りの世話をさせられていると言った。カノープスに裏切られ殺されかけた時、陽介が自分のために涙を流したことを魔王から聞かされ、心境に変化があったようだ。
「はいこれ。オオカミさんの腕、必要でしょ?」
スピカはテラの斬り落とされた腕を拾い、差し出す。ネクロマンサーの彼女は死体と共に生きてきたので、腕の一本くらい木の枝を拾うのと大差ない。
しかし陽介は欠損した体の一部など今までの人生で見たことがなかったので、グロテスクな断面を見ないようになるべく前を向いて、恐る恐る受け取った。先程まで戦っていたからか妙に熱く、仲間のものとは理解しているつもりだが、早く手放したい気持ちでいっぱいだった。
「こ、これ、元に戻るの……?」
持ったまま震えていると、アリエッタがこんなに綺麗に切れてるならくっつけて治癒魔法をかければ数時間で戻ると説明してくれた。
「小娘ぇ! 邪魔立てするな」
テラは興奮収まらぬ様子で雄叫びを上げ血を振り撒き、尚も戦おうと残っている腕で大斧を持ち上げた。
「わ、わ、わ、ふぉりちゃん代わってー!」
慌てふためくスピカが目を閉じて叫ぶと、糸が切れたように項垂れて動きが止まり、体から禍々しい気配が漂い始めた。空には暗雲が広がり、そこに立っているだけで重くのしかかる異様な圧力に、テラは本能的に身震いして距離を取る。
「ほう、聡いな土の精霊よ」
顔上げたスピカは、動きも声も別人のようだった。
「久しぶりだな陽介。見つけやすいように髪と目の色を変えておいた甲斐があるというものだ」
「魔王! どうなってんだ!?」
威圧的な雰囲気とは正反対のゆったりとした物腰。忘れられるはずもない、紛れもなく魔王のものだった。
「なんだと!?」「えっ、あのおチビちゃん魔王だったの??」「ってそんなはずないでしょ!」
フラムとリベルタがスピカのことを魔王だと勘違いしているところへ、アリエッタはツッコミを入れた。
「いかにも。我こそ魔王フォリドゥース、今はこの娘と意識を代わっている。我が右腕を取り返しに来た」
魔王はゆっくりとベラトリクスの方に向き、歩み寄っていく。
「全ては、魔王様の為……全ては、魔王様の為」
ベラトリクスは攻撃を繰り出そうとしたが瞬時に結界が張られ、身動きを封じられた。それでも大剣を振り下ろそうとしている。
「ミネラよ。勇者の手に堕ち名すら奪われても、我に心から忠誠を誓うその気高き魂よ。よくぞここまで戦った」
魔王は可愛らしいエプロンのポッケから毒々しい色をした髑髏の装飾が施された杖を取り出し、ベラトリクスの額に当てる。
「
呪文を唱えると黒紫色の光が走り、ベラトリクスの体を包みふわりと浮き上がった。苦痛のうめき声を上げ、歯を食いしばり耐えている。そのうちにひときわ大きな悲鳴が上がると、辺りはしんと静まり返った。
「……魔王、様? 私は……」
地面に降ろされ正気を取り戻したベラトリクス、もといミネラは、魔王討伐の日から勇者の下僕となってから今までのことを思い出した。
「申し訳ございません魔王様。お側にいながら守る使命叶わず、勇者の下僕となった罪、命で償います」
魔王の前に跪いたミネラは大剣を首に当て切り落とそうとした。
「止せ。そのような痴態を見るために、使いを送ったのではない。よいかミネラ。この陽介という男を勇者から守れ、我を復活させし強き者だ」
魔王の一括でミネラは動きを止めた。
「しかし、この者は何のスキルもありません。レベルもステータスも低い。お言葉ですが、とても強さとは掛け離れているかと」
ミネラは陽介を一瞬見て、すぐ目をそらした。
「侮るでない、強さとは目に見えるものだけではないのだ。其奴の強さに我は手も足も出ぬ。此度、聖都に使いの者を送るしか出来ぬのが、その証拠だ」
「なんと、魔王様が認められるほど強き者……! 必ず勇者の手から守り通してみせます」
(本当は、俺がエルメスを元の世界へ連れ帰るから手を出さないでくれっていう話をしただけなんだけどな……。でもよかった、見た目と威圧感がめちゃくちゃ強かったけど、魔王は約束を守ってくれている。俺も、約束を果たさなくちゃ)
陽介は野暮なツッコミはせず、黙ってやり取りを聞いていた。それっぽく腕を組んで、深く頷くことで、説得力を出してみる。
「行け」
「仰せのままに」
ミネラは正気に戻っている間に治癒魔法を受けていたテラと拳で挨拶を交わし、陽介一行の仲間になった。
「陽介、お前も約束を果たせ」
「もちろんだ」
フッと笑うと魔王の意識から戻り、道案内をしに来たのだとスピカは言った。陽介たちは絶対迷子になるに決まっているだろうからと。
「ここはスピカのお庭だもん! 秘密の道、教えてあげる♪」
飛んで跳ねて、くるくる遊ぶように回り道を進んでいくスピカに、陽介一行はついていく。大きな通りではなく、狭い家々の間を規定回数通ったり、猫の足跡がついているタイルだけを踏んだり、白と赤の石を交互に並び替えるなど、住んでいなければわからないような道ばかりだった。
珍妙な進み方だったが、宮殿前広場までやってきた。ミネラの猛攻に全員疲弊しており、そのおかげでテラの腕の治りも遅く、少しだけ休息を取ることにした。
一方その頃。力の根源湧き出す聖域に閉じこもったエルメスは、ベラトリクスの洗脳が解けたことを知らず、集中し祈りを深めていた。ゆっくりと少しずつ、しかし確実に金色の光が彼の体に集まり始めていた。もう手駒がどうなろうが、聖都が壊れようが、彼には興味関心のない事柄だった。
エルメスが世界の管理者になるまで、時間はそう残されていない。
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